愛憎渦巻く世界にて
彼が提案する「帰国をあきらめる理由」に、シャルルたちは賛成しそうになったが、
「帰りましょう! 最後までやり遂げなくては!」
マリアンヌが立ち上がり、はっきりとした口調で言った。そのときの彼女の表情は、あのトラアン島のときよりも真剣さが感じられるほどであった。その真剣な表情から発せられたしっかりとした言葉は、シャルルたちを恐怖心から救った。クルップのとてつもない恐怖心も、どこかに吹き飛んだらしく、
「わかったわかったよ! 派手な帰国になりそうだけどな!」
覚悟を決めた感じであった。
「だが、どうやって帰国するんだ? 連絡船はまだ出ているのか?」
先ほどの疑問を挟むことは忘れていなかったようだ。もちろん、シャルルたちもバカではなく、その問題を解決することが、最初の関門であることぐらいは理解していた。
さっそく、シャルルたちは、連絡船に乗るために、この要塞の司令官であるハリアーに、連絡船で帰国するということを伝えた。
ところが、頼みの連絡船は、ムチュー王国行きもゴーリ王国行きも、出港できなくなっていた……。戦争が泥沼化しており、船の安全を確保できないからだ。
おまけに、ハリアーは、ウィリアムがまた国外に出ることに対して猛反対してきた。現地は危険だからという単純な理由だ。出国に関して、彼の許可が必要というわけではないが、彼らが独自に船を確保できないようにするつもりらしく、聞く相手を間違えたと彼らは悔やんだ……。
帰国はあきらめるしかないのかと思いながら、要塞の軍港を歩いていると、
「できるだけ多くの砲弾を載せるんだ!!!」
ふ頭に停泊しているフリゲート『ネルソン号』の船上で、ビクトリーが船員に命令を下していた。人力のクレーンに吊り上げられようとしている箱の中には、きれいに整列した砲弾が詰まっていた。
ふ頭には、砲弾の箱だけでなく、水や酒が詰まった大樽、保存性の高い食料が入った木箱も置かれており、ネルソン号は出港準備をしているようであった……。それをすぐに察知したウィリアムは、船上のビクトリーを見上げ、
「船長!!! この船はどこに行くんだ!?」
彼に尋ねた。通常の哨戒任務ではなく、ムチュー王国かゴーリ王国に行くのであれば、この船に乗せてもらうのだ。ウィリアムにいきなり声をかけられたため、彼は少し驚いていた。
「あっ、ウィリアム殿下! この船は、ムチュー王国行きですが、殿下たちを乗せるわけにはいきませんよ!」
ビクトリーは申し訳なそうな口調で、行き先と乗船拒否をいっしょに伝えた……。もちろん、おせっかいなハリアーが手を回したせいだ。
「なんのためにムチュー王国に行くのだ?」
「同胞の救出のためです!」
一瞬、軍事介入に踏み入るつもりなのかと思ったが、幸いなことに人道目的にようだ。ただ、どちらにしろ、シャルルたちには、これ以上ないほどのチャンスであった。
「ビクトリー船長!!! ぼくたちは密航します!!!」
シャルルが思わず大声でそう言ってしまい、メアリーとゲルマニアは、ハリアーの手先っぽいのが周囲にいないのかを一瞬で確認した……。
幸いにも、港の活気ある喧騒のおかげで、シャルルのバカ発言は周囲には打ち消されたようだ。これなら、手先がいたとしても大丈夫だろう。シャルルは、申し訳なさそうに手を頭に置いていた。