小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

雛結び

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

 いつものフォークで、お気に入りのオペラをつつきながら、ミルフィーユを崩しながら満面の笑みで口に運ぶ夜美を眺める。
エプロンは外して、右脇に置いている。夜美は、ケーキは甘すぎるぐらいのものが好きだ。
私は甘すぎるのは苦手で、チョコレート系の甘さ控えめのものを選ぶことが多い。今日のオペラはその中では甘めの選択だ。
私はいつまでこうして特等席で夜美の嬉しそうな顔を観ていられるだろうか。
四月に高校に入学してから、夜美の視線の先に、同じ人がいることが多くなった。
夜美はみんなと分け隔てなく接するので、今までにはそういう事はなかった。気付いているのもきっと私ぐらい。
「甘酒飲んだら眠くなってきちゃったー」
 夜美は、あらかたケーキを片付けた後、そう言って横になった。
「制服皺になるよ。それに、食べて直ぐ寝ると牛になる」
 その牛もまた、夜美なわけだから可愛さは変わらないのだろうけど。
「モーモー。お腹空いたら起こして良いよー」
 私の方を向いて目を閉じて、そう言うと直ぐに寝息を立て始めた。夜美は昔から寝付きがいい。
私の正面の位置にある窓の外を見ると、白い欠片がまた、灰色の空の気まぐれのままにちらつき始めている。
私は、いつも通りに夜美の部屋に入ると、肌掛けを一枚押し入れから出してくる。夜美のお気に入りの、オレンジ色のやつだ。
炬燵に戻ってくると、私は夜美に肌掛けを掛けてやりながら、夜美の隣に潜り込む。
「ん、う」
 夜美はそんな言葉を漏らしながらも、起きる気配なく寝息を立て続ける。私はいつものように、夜美の胸に顔を埋める。
夜美の命の音が、耳に届く。この場所が私は一番安心して眠れるのだ。
お雛様の元、夜美の音と微かな白い欠片の音を聞きながら、私もまた夜美と同じ世界へと落ちていった。

 目が覚めると、夜美の胸の中、身動き取れない状態になっていた。
何だかいつもと違う。
いつもなら、私が起きた後、夜美を起こして、晩ご飯を作ってもらって二人か、もしくは帰ってきた夜美のお母さんと一緒に食べる。
なのに何故か、今日は身動きが取れない。何だか夜美の胸元にがっちりと捕まえられているような感覚がある。夜美の胸はそこまで大きくない筈なのにおかしい。
嬉しいけどおかしい、変な感じだ。
夜美から顔を離そうとすると、嫌と言うかのように締め付けが厳しくなる。胸元から私を離さないと言う感じだ。状況としては、夜美が両手で胸元に抱きとめて、頭を撫でたり、髪をいじったりしているみたいだ。何だか恥ずかしい、自分の頬が紅くなるのを感じる。
「夜美、起きてるの?ちょ、ちょっと離して」
 夜美が何らかの意思を持って、私を胸元から話さないでいると思われたので、そのままの体勢で夜美に声をかける。
「ヤダ」
 夜美からは一言しか返って来なかった。何か怒っているようにも聞こえる。締め付けもより一層厳しくなった感じがする。
「やだって、どうしたの夜美。何か、怒ってる?」
 声のトーンで怒っているのは感じ取れるけど、怒られている理由が解らない。これは、ちゃんと話を聞いて、私のお姫さまのお怒りを沈めないといけないと思った。
状況的には別に嬉しいのだけれども。
「怒ってる」
 怒ってる割には嬉しそうな感じも混じっているのだけど、きっと私にしか解らないレベルだとは思う。
「ええと、すいません夜美様」
「何に対して謝って、いるのかな?」
 ちょっとだけ声のトーンが怖くなった。いや、可愛さは変わらないけれども。
たまに夜美の機嫌を損ねることはあるけれども、これはいつも以上かも知れない。ここは素直になり夜美にちゃんと話して貰った方が良さそうだ。
「ごめんなさい、解りません。教えて下さい夜美様」
 そう言えば、夜美様何て言ったの何年ぶりだろう。
「よろしい、とにかくね、最近の彩月はおかしい。今月半ば、そうバレンタインぐらいから何か拗ねていると言うか、可愛くない感じ」
 夜美に彩月って呼ばれるのも、何年ぶりな気がする。
「加えて、たまに私の前でも寂しそうな顔をする。何かあったの?その、時期的にも、し、失恋とか」
 最後は妙にトーンの上がった声になっていた。ああ、これはもう正直に言うしか無いかなあ。
私は意を決する事にする。夜美を不安にさせるぐらいなら正直に言った方が良い。
少しの沈黙の間、白い欠片の音だけが二人を包む。次に口を開いたのは二人同時だった。
「前に行ってた部活の先輩と何かあった?」
「夜美にだよ」
 ん?誰だって?また同時に口を開く。
「私?!誰が私に?!」
「部活の先輩って誰のこと?」
 そこまで答えないといけないと。
「音無先輩」
「私が夜美に」
 なんか変だ、話が噛み合ってるのか食い違ってるのか良く解らない。その後の一言は二人共同じだった。
『ちょっと待って、話が噛み合ってない!誰が誰に?!』

「えーと、つまり音無先輩には日頃のお礼をしただけと」
 未だ胸元から離して貰えない状態で、出てきた断片的な情報から、夜美が話をまとめ始める。
「で、彩月は私に好きな人が出来たと思っていたと。で、その相手は陽子ちゃんだと」
 自分の心の内を自分の前でさらけ出されていくのは、なんとも気恥ずかしい。
「はい、その通りです」
 頭上から呆れたようなため息と、夜美の声が聞こえる。
「はあ、どこをどうしたらそんな勘違いを。私だって陽子ちゃんには日頃のお礼をしただけなのに」
 そうだったのか。でも何のお礼だろう。
「日頃って、何のお礼?」
「うーん。まあ、良いか私も正直に言う。彩月のことに決まってるじゃない。最近元気なかったりするし」
 何と、そういう事でしたか。
「そういう事だったとは、でも何か陽子さんのこと特別な目で見てたりとかしてたじゃない?特に髪とか」
「ああ、それは陽子ちゃんの髪凄く綺麗だから、誰かさんの髪と同じでね」
 そう言って、抱き締めたままの私の髪を夜美は優しく撫でる。
「手入れの仕方とか、教えてもらってたんだよ。最近彩月は触らせてくれなかったけど」
「そ、それは。陽子さんに勝てないとか何とか気持ちの置所が色々と…」
 最後ははっきりしない感じになった。何とも。
「何言ってるのか。彩月の髪は昔から陽子ちゃんと同じぐらいに綺麗じゃない。四年前に、大好きって言ったのも、私のものって言ったのも忘れたの?おバカさんね」
 そうでしたか、それはすっかり忘れていました。でも、確かに四年前からほとんど切らなくなっていた気がする。それがきっかけだったか。
「申し訳ない、すっかり忘れていました。返す言葉もございません」
「私のために伸ばしてくれているのかと思ってたらさ、最近触らせてくれなくなって、先輩が出てきて色々考えちゃったのよねー。だって、彩月ああいうタイプ好きでしょ。私に似てるもの。音無先輩」
 ああ、そこは良く解っていらっしゃる。さすが、夜美。でも一つ間違い。
「そうだね。でも、夜美より音無先輩を好きになることはないよ絶対に」
作品名:雛結び 作家名:雨泉洋悠