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中川 京人
中川 京人
novelistID. 32501
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ありもしない話に腹を立てている

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 この一匹は、ブレという名前の末っ子で、狐のお兄さんが「じゃんけんで決めよう」と勧めたときに、ひとりだけうなづいた子でした。
 ではどうしてブレは、ヤギのおばさんの提案の時には手を挙げなかったのでしょうか。ヤギのおばさんの言うように、多数決の意味がわからなかったのでしょうか。
 いいえ、そうではありません。ブレが手を挙げなかったのは、狐とヤギが、ブレの一票をおとな側の票として取り込もうとしていることに気づいたからなのでした。
 子リス側の結論としては、ヤギが現れた時点で「じゃんけんには反対」ということですでに決まっています。ブレは、子リスの仲間内で少数がゆえに潰されてしまった自分の意見を、だからといって他の選挙区の票と通算することに抵抗感をもったのです。
 ブレのIQは百三十八ほどあり、出現率で〇・六パーセントの頭脳の持ち主でした。多くの間違いも犯しましたが、よい判断もしてきました。今回もどちらだかわかりませんが。
 さて、ブレの心配事とはなんでしょう。どうして浮かぬ顔をしているのでしょう。
 ブレは、惰性で打ってきた手拍子をやめて、くまさんの首のほうを見上げました。くまさんが歩くのに合わせて頭をわずかに上げ下げするたびに、黒い毛に覆われた首まわりの筋肉がもこもこと動いています。性的なメタファーは、まだ子どものブレには理解できません。ひと「もこ」動くたびに、地面から離れた位置を子リス二十匹分くらい移動するので、たしかにこの方法は安全で効率的だ、とブレは考えていました。
 ブレはちょこちょこっとくまさんの首の上を駆け抜け、耳元まで来ると小さい声でたずねました。
 ──くまさん。わたしたち、自転車はどうしたのだったかしら。
「あひっ」
 くまさんは素っ頓狂な声を出すと、その場に立ち止まってしまいました。あまり急なことだったので、ブレや他の子リスたちは、もう少しでくまさんの背中から落ちてしまうところでした。
 くまさんは「自転車かあ。そういや忘れてたね」などというかわりにこう言ったのでした。
「あれえ、きみは女の子だったのかい」