あみのドミノ
私はデスクの上の時計に目をやる。18:05。
「お先に失礼しまーす」社員の声がして、やがて室内はシーンとなった。土曜日は残業をするものはいない。私と一緒にこの会社を始めた同じ歳の今井の他は皆20代だ。そう、佐藤麻美は18だっけと思い出した。昼休みに「お父さん役はいいのかね」と言った時「彼が出来たから、ちちばなれ、父離れ」と言って笑った。姉の亜美乃のことをきくタイミングを失した。もしかしたら姉亜美乃が今日面接していることも知らないのではないだろうか。
社員が全部帰ってから30分が過ぎた。亜美乃には面接の結果を電話してくれるようには言ってなかったが、電話してくるのでは無いかという思いもあって私は、用事も無いのに伝票などを眺めて時間を潰している。頭を占めているのは亜美乃のことばかりになった。
私は立ち上がって外の景色を眺めた。大通りからちょっと入っただけで、時代から取り残されたような家が目の前にあった。庭には皐の鉢植えがいくつもあり、花を咲かせている。薄紅色と白の混じった花が目にとまる。「ああ、あれは亜美乃の色」と私は小さく口にする。
それに呼応するかのように電話が鳴った。私は亜美乃からだと直感する。ちょっと心臓の鼓動が早くなった。私はそれを悟られぬように、落ち着いた声を出そうとする。
「はい、T企画です」
「佐藤と申します……」
「ああ、亜美乃、さ、ん」
「あ、お父さん。何よ、よそ行きの声出して」
「あ、うん、何?」
亜美乃は知っているのだろうか、私の気持ちを。確かにお父さんと呼んでいいよとは言ったが、あまりに娘のようなニュアンスではないか。それでも私はお父さんになって、「おお、亜美乃か、どうした」と言った。
「それ、それ、その言い方の方がほっとするわ。で、ね。採用されたから報せておこうと思って」声が踊っている感じがした。
「ああ、良かったね。じゃあ食事をおごるよ。ちょうどね妻が同窓会でいないんだよ。家に帰って一人で食事もなんだから」と私はかねて用意してあったせりふを言う。
「え、ほんと。実は私もそんな予感があったんだ。へへ」