あみのドミノ
まだはっきりとは心が決まっていないのだろう亜美乃は眼を少し上方に向け考えている。私は、一つの会社が思い浮かんだ。私の会社は広告の代理店をしていて版下を外注しているのだが、その外注先が忙しくて出来なくなってしまった時があった。困ってしまって電話帳で近くの版下制作会社をみつけて頼みに行ったことがあった。Kデザインというその会社には若い女性が数人働いていた。そこならいいかも知れないなと私は思った。
「そうか、ちょっとまって」と私は手帳を取り出して、Kデザインの名と電話番号が書き込まれているのを見つけた。
「デザイン会社の心あたりがあるんだけど、聞いてみようか」
そう言って私は亜美乃を見た。小さな口元をきりっと結び、私を見ている。ずきっ。私は笑顔とはまた別の真剣な亜美乃の表情にも魅せられた。
「私、経験はないんだけど」
亜美乃が言う経験が一瞬男との経験とだぶって頭に浮かび、私はすこしどぎまぎしてしまった。
「いや、ああ、一流のデザイン会社じゃないからデザイナーではなく、写植という文字と写真や絵を台紙に貼り込むぐらいの仕事だよ。あとは間違った文字を取り替えるとか」
「ふーん、私でもできそう」
「何日かやっていればね」
「じゃあ、お願いします」
「ちょっと待ってて、電話してみるから」
私は亜美乃の強い視線から逃げるような恰好で、電話の所まできた。目に見えない大きな波に乗ったような気もする。わくわくした感じとともに未知の怖さ、そして今の内ならこの波から外れることもできるよという自分の声も聞こえる。
私は席に戻り「土曜日の午後6時頃にいらっしゃってください。」というKデザインの社長の言葉を亜美乃に伝えた。
「大丈夫かしら」と、今度は少し自信の無さそうな表情をする亜美乃を、今度はドギマギせずに軽く頷いて相手にすることができた。