あみのドミノ
2、小波
人に話すと笑われそうだから話したことは無いが、私には中年と言われる歳になってからある女性のことが頭から離れなかったことがある。といっても、浮気とかそういうことではなく、日曜日の朝に近所を軽いサイクリングをしていた時に通りすがりに見ただけの女性である。その女性の裸の肉体とそれが私の自由になった想像等もすることなく、若く美しく笑顔のすばらしい女性として記憶に残っているのである。中年になったおじさんが皆スケベなことを考えてばかりではなく、結構皆ロマンチストなのではとも思っている。
その時、私は造園用の若い樹木が初夏の柔らかい陽ざしを浴びて緑を際だたせていたそばを自転車でゆっくり走っていた。それが切れかかるころ、ついでのように草花が植えてある畑があった。私には名前がわからない花が咲いていた。
自転車を降りて眺めながら歩いていると、しゃがんでいた女性が立ち上がり如雨露で水をかけ始めた。そして私の姿を見つけ、ニッコリ微笑みながら会釈をした。若い女性であった。花にも負けない美しさと言うと陳腐な表現になってしまうが、私はそう感じた。私の身体に衝撃に似た感情が走った。私は会釈を返したかどうかも記憶に無い。少しぼーっとしたまま畑を過ぎてから自転車にまたがり家に戻ったのだが、たぶんニヤニヤしながら自転車に乗っていたかも知れない。頭に焼きついた笑顔とその周りを飾る花々。なんだかすごい得をしたような気分だった。
そしてまたその笑顔を見たくて何回かその場所を通ったが、二度と見ることは出来なかった。そして次の年には雑草だけが生えていた。あれは夢だったのだろうかと言うありふれた感想で次第に頭から離れていった。私は亜美乃に会ってから、ふとそれを思い出した。