あみのドミノ
1、想
私はマンション2階にある自宅のベランダに出てあたりを見わたした。日曜日の朝6時、何も動いているのが見えない。目の前に見えるアパートとその大家の廻りにある植え込みのツツジが咲き終わり、ちょっと出遅れてしまった花が恥ずかしそうに数個咲いている。私鉄の単線の駅近く、昔は畑や原野だったろうと思われるここも、視線を上げるとマンションが増えてきている。それでもどこかで野鳥の鳴く声が聞こえた。梅雨が近づいてきているのだろう、空は暗くも明るくもなく曖昧な表情を見せている。
私は自分が経営している小さな広告企画会社の進捗状況を頭に浮かべ、明日からの予定を頭に浮かべた。日本は経済的成長を続けていて、定期的に仕事は入ってきている。私は問題なしとそれらを頭から押しやった。寝室から妻幸子の寝息が聞こえる。私がだんだんと朝型に移行していくのに反比例するように幸子は夜型になっていって、私は幸子が何時寝床に入っているのかさえ解らない。2人とも50代に入って、一人娘の真奈美ももう家を出ている。
私は「第二の新婚だね」と幸子に言ったことがあったが、幸子は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに半分うんざりしたような顔を見せただけだった。
同年代の友人が集まった時に、寝室は別になったという夫婦も多かった。私が「うちは布団を並べて寝ているよ」と言ったら、不思議そうな顔をする奴や羨ましそうな顔をする奴もいた。それは閉経した女性が夫から触られるのを嫌がっているのだと解説する者がいて、それじゃあ遺伝子を次世代に伝えるためにだけの夫婦であったのかと私は聞いたのだが、広義にはそうであると奴は断定した。
私はそんなことを思い出し、すぐにそれから亜美乃という少女のような女性の顔が浮かんだ。