小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

拾った人形(9/4編集)

INDEX|3ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 どれくらい進んだ頃だっただろうか。突然、地面の上に何かが横たわっているのが見えた。暗闇と霧のコンボ技というのはなかなか恐ろしいもので、どんなに薄いものだろうと一旦出ると視界の確保が一メートル先でも危うい。
 だからその時も、どうして見えたのか。ともかく、最初それが猫か何か、そういう動物の類いだと思った。
 自転車から降りて拾い上げたそれは、人形だった。

「身長は握りこぶしを縦に二個くっつけたくらいで、ビスクドールっていう……ええとなんだ? 精工に作られた球体関節人形、っていう認識で構わないよ。綺麗な人形でな、白い肌にブルーの瞳、黒髪の巻き毛のボブカットが良く映えていてフリルが付いた白のブラウスとたくさんひらひらした、なんて言うんだろ? ……ああ、ギャザーが付いた青色のスカートを着て、薄い青色の薔薇が付いた帽子を被ってた。そいつが道端に落ちていた」

 棄てられたという風には見えなかった。どちらかというと、どこかのご息女様が車で通りかかって窓から落としてしまいましたという方がしっくり来るような。そんな良い人形だった。

「俺はちょっと悩んだけど、結局連れていってやることにした。あ、拾得物を警察に届けるのは当然のことで、義務でもあり……変な趣味は無いからな!」

 孫四郎は人形をカゴに寝かせるとまたこぎはじめた。
 霧は相変わらずだったが、それでもまだ問題ではなかった。問題は、路面の方にあった。よくよく知っている道だからこそ余計にまずかったのかもしれない。
 早い話、気が弛んでいたのだ。だからそこの道には軽い傾斜がついていて、砂利が散らばり、更には霧のせいでそれらが濡れて普段以上にスリップしやすい状態であることを失念していた。
 ガリガリガリッ!
 タイヤが砂利を噛んで空回る嫌な音がして、あっと思った時にはもう、硬いコンクリートの上に放り出されていた。いや、叩きつけられたと言った方が正しいか。
 すぐに起き上がろうとしたが、地面についたはずの右腕や自転車の下敷きになった右足の感覚がどうにも覚束なくなるぐらいだったから、相当なダメージを負ったのだろう。指は動いたから折れてないというのは分かったが、それで安心している場合でもなかった。
 孫四郎の故郷では道路法規上、自転車は車道を走らなきゃならないことになっている。つまり、寝そべってたのは車道のど真ん中で、いつ後続車がきて自分を踏みつけていくかも分からない状態だった。加えて、その日は霧が出ていたわけで。
 車を運転出来るかどうかはこの際関係ない。助手席だろうが後部座席だろうが、とにかく車に乗った経験があるなら車のタイヤ付近がどれだけの死角になるのか、想像するのは簡単だろう。普段でさえそれなのだ。これが夜、しかも霧でライトが足元をしっかり照らせていないような状態で。何を轢きながら走るか分かったもんじゃない。
 孫四郎は何とかその危険地帯から脱しようと、満足に動かない躰で自転車をどかそうとした。しかし、悪い時には悪いことが重なるもので、こちらに向かって来る車のライトを見つけてしまった。そして道を伝う振動と重低音から、それがかなりの大型車というところまで――分かりたくもなかったが、分かった。
 呑気者の孫四郎も焦った。自転車をどうこうするのは二の次にして、とにかくまずは脱出することに専念した。
 だが、どういうわけなのか、どんなに動かしても自転車の下から足を抜くことができない。ひょっとして足に力が入っていないことを疑って無事な左手も使って足を引っ張ったんだが、それでもまだびくともしない。真っ暗かつ霧が出ているので何も見えなかったが、どうやら何かがズボンの裾を固定してしまっているらしい。たぶんペダル辺りだろう……まぁ、そんなことはどうでも良かった。重要なのは、そこから逃げられないという点だ。
 車のライトは先程よりもずっと大きくなっていた。自分のところまで届いているのだから、いい加減気づいてスピードを落とすなり回避行動を始めてくれても良さそうなのに、その気配は全くない。ただ真っ直ぐに前進してくる。
 いよいよ勝負のジャッジが迫ってきているのを感じた。
 孫四郎とにかく気づいてもらおうとムチャクチャ叫びながら、自転車ごと躰を引きずることにした。もう逃げている時間なんてない。端に寄るのではなくて、一か八か、その大型車の下を潜れるように体勢を調整した。
 大きな車はタイヤも大きいから、必然的に車高も高くなっている。勝算は限りなく低かったが、それでもまったくのゼロというわけでもない。あとはひたすら神に祈り運に頼るだけだ。
 孫四郎は少しでも五体満足の生存率をあげるために、ぼんやりとした車のシルエットを睨み付けて隙間を探り続けた。
 そしてついにライトの明かりが孫四郎の目を潰しかねないほど近くまで来た時だった。
 信じられないことに、誰かが孫四郎の前に飛び出した。

「……先に言っとくけど幻覚なんかじゃないぞ。逆光のせいでよくは見えなかったけど、そいつは両手を広げてまるで俺のことを守ろうとしてるみたいだった。それで確か、青くてヒラヒラしたものも見えたような気がする」

 もっと他にもあったはずだった気もするが、とにかく一瞬のことで、孫四郎はパニックでそれぐらいしか分からなかった。
作品名:拾った人形(9/4編集) 作家名:狂言巡