アイラブ桐生・第三部 28~29
私がこの、中の街社交街へやってきたのには
もうひとつの目的がありました。
この社交街の一角で、優子の母親がお店を出しています。
沖縄の施政権返還のその当日まで、此処へ残りたいと優子に相談をしたら、
伊江島では無理だから、中の街社交界に居る母親に相談してみる
ということになりました。
今日は優子と共に、そこも訪ねる予定です。
「ここにしましょう」
案内されたのも、Aサインバーのひとつです。
うす暗い照明でしたが、店内は意外なほどに小綺麗でした。
「Aサインバーには、細かい規則がたくさんあるのです。
衛生の規定がたいへんにうるさくて、
たとえば、店内はコンクリート作りで、
トイレはタイル張りにすること。
前面の道路は、完全舗装であることなどが必須条件で、
ペーパータオルや、衛生的なタオル等を常備して置くことなど・・・
細部にわたって、こと細かく規定をされています。
衛生的な状態を常に保ったまま、性的なサービスも提供するという
意味も、実は含んでいるのです。」
「それって、特殊街などと、同じという意味?」
青年が、口をはさんだ優子のほうに目を向けます。
「いや特殊街というのは、米軍が用意をした従軍用の”慰安所”です。
Aサインバーは、本来は健全な歓楽と遊興が目的ですが
酒が入ればいろいろと、それなりに暴走をするようです。
まぁ、酒に売春婦に、あぶない薬、
どれもこれもが、戦争でゆがんだ欲望のはけ口です。
そう言う意味では、Aサインバーの規制も、
米軍のお墨付きの管理売春の規定などに、実はよく似ています。
しかし、ここは大丈夫だとは思います」
店内には、煙草の煙がこれでもかと、立ち込めていました。
ジャズの音楽が流れ、酩酊した雑談とグラスの音が
やたらと元気にひびいています。
様子を観察しはじめてみると、意外にも沖縄人だけではありません。
よくは聞き取れないものの、時々英語の発音なども聞こえてきました。
日本語と、英語と琉球なまりの、3ヵ国語が入り乱れています。
ここは人種のるつぼだな・・・・などと関心をしながら眺めていたら
突然、乱れた足音が入り口へやってきました。
激しい音を立てドアを蹴飛ばして入ってきたのは
すでに酩酊状態と思われる、千鳥足の白人と黒人兵の二人連れです。
一瞬店内が静まり返り、なりをひそめました。
(なんだ、酔っ払ったただの、白と黒だ・・・)
やがてまた何事もなかったようにすぐに、
もとの喧騒状態にもどります。
「おい・・・・
黒人兵と白人が一緒だぞ、
お互いに遊ぶ縄張りは別なはずだ。、歓楽街を住み分けていて、
一緒に呑むことなんか、ないはずだろう」
「あれはMPだ。
連中(MPは)常にコンビを組んでパトロールをする。
有事の際に、白だ黒だと言っている暇などはないからな。
例外として、ああして普段から、仲良くやっている組合わせもある。
ただし、それもほんの一部の話だが・・」
ここでは良く有ることのひとつだよ、
と言って青年は余り気にとめません。
しかし、予期せぬ事件は、この直後に発生をしました。
そのきっかけをつくったのは、流しのストリッパーが
よからぬ雰囲気になりかけていた、このお店に乱入をしてきたためです。
「今度は、いったい何だ?」
「流しのストリッパーの乱入だ。
あちこちの店で、チップの小銭稼ぎにストリップを
見せている女の子の登場だ。
このあたりでは、ちっとも珍しくはないが、しかしなんだか今夜は、
少しばかりここの顔ぶれと、店の雰囲気が
良くないような気がしてきた・・・」
彼の予感は正しかった。
この直後、予期せぬ事態で一気に店内が騒然となりました。
作品名:アイラブ桐生・第三部 28~29 作家名:落合順平