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月下行 後編

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◇◇◇


ハッとして目を覚ます。飛び起きれば、全身にびっしょりと汗をかいて
いた。
額の汗を拭った指先が震えている。全力疾走した後のように、倦怠感が
身体を支配していた。
まだ朝も早い時刻なのだろう。カーテン越しに淡い光が照らし出す室内
を見渡せば、泣きたくなるような安堵感が込み上げてきた。
長い、悪い夢を見ていたようだ。否、あれは夢であって夢ではない。
それはもうわかっていた。わかっているからやり切れなくもあった。
心理的ダメージも大きいが、肉体的にも疲労感が酷い。もう一度、崩れ
るように布団に倒れ込む。そして気付く。
そう言えば一度目、目を覚ました時に久宝寺がいたようだった。あれか
らどのぐらい時間が過ぎたかわからない。
さすがに、もういないわよね────。
そう結論付けて寝返りを打った花耶は、またも飛び起きる事になった。
「久宝寺?」
壁にもたれかかるようにして器用に眠ってる。座ったままと言う不自由
な体勢を苦にもしていない。俯き加減ではっきり顔を伺えないが、熟睡
してるようだった。
「ちょっと?久宝寺?」
躊躇いがちに花耶は声を掛けた。
久宝寺がずっと自分に付き添っていたらしいのはすぐにわかった。心配
してくれたのだろう。それ以外にここに留まる理由は無い。けれど、だ
からこそ困る。素直に礼を言うには照れ臭い。
「久宝寺?久宝寺ってば」
普段の久宝寺なら絶対に目を覚まさない程度の呼び掛けだった。なのに
久宝寺は迅速に目を覚ましてしまった。
「目ぇ覚めたのか?!桜庭!?」
肩に羽織っていた毛布を放り出す。
いつもの寝起きの悪さは演技なの?と疑いたくなるぐらい、勢いこんで
目覚めた久宝寺が詰め寄る。
「お前、一度目を覚ました後、ずっと意識が戻らなかった。別に身体の
方には異常は見当たらなかったけど……大丈夫か?」
「あ、うん。ちょっとだるいけど、もう平気みたい」
気遣いはありがたい。ありがたいけど調子が狂う。そんな露骨に心配さ
れると、どうリアクションして良いか困る。
「だるいだけか?他は?本当に何ともねえのか?」
ひんやりと冷たい感触。久宝寺の手が額に触れていた。
「べ、別に。大丈夫よ。全然」
どぎまぎして答えると、久宝寺は目に見えて緊張を解いた。半ば浮かし
気味に乗り出した身を引き、ようやく普通に腰を降ろす。
花耶は複雑な思いでその姿を眺めた。
どうして久宝寺はこんなにも自分を気遣ってくれるのだろう?こんなに
も献身的に、こんなにも全身全霊で守ってくれるのだろう?────…
これまでに何度も繰り返した疑問だ。本当は、答えはもう知ってる気が
する。けれど突き詰めてしまうのは怖くもあった。
その訳を知れば、何かが変わってしまう気がした。久宝寺と自分の関係
が今までと違う物になるのは、ぞっとしない気分だった。
そんなもの、自分は望まない。けれど今は氷上との事もある。
久宝寺に、事情を話さない訳にはいかないだろう。巻き込む事は不本意
だったとは言え、ここまで深く関わってしまったのだ。知る権利はある。
どう説明すれば良いか、信じて貰えるか、花耶は考えあぐねた。
「桜庭。お前、何かあったか?二日も意識不明だったのには、訳でも?」
黙したままの花耶に焦れて、久宝寺がそう水を向けた。
内心の葛藤を押し隠して、花耶は見慣れたその整った容貌を見つめた。
「夢を……見ていたの。ずっと昔の、過去の夢」
どうにか切りだした。が、久宝寺は怪訝そうな顔を見せる。花耶は慌て
て補足した。
「夢って言っても、ただの夢じゃないわよ?夢って形で見ただけで」
「わかってる。前世って事だろ?」
いつになく聡い。驚きながらも花耶は頷いた。
「あたしが知っていた、思いこんでいた記憶は間違いだった。多分、あ
いつが細工したんだと思う」
「あいつ?千ノ王か?何の為に?」
花耶は迷った。久宝寺を庇って、身に受けた衝撃が引き金となって真実
の記憶が戻ったとは思われる。けれど記憶を操作した氷上の真意も思惑
も、自分にはわからない。
そう言えば、と今更ながらに花耶は疑問を抱く。
久宝寺は千ノ王の正体を知っているのだろうか?────…
奇妙なまでに事態を把握している久宝寺だが、実際にどこまで理解して
いるのだろう。
「ねえ……あんたは知ってるの?千ノ王の正体」
まさか、とは思っていた。半信半疑でぶつけた質問だった。が、予想に
反して久宝寺はあっさり頷いた。
「知ってる、氷上だろ?」
「な、何で、あんたが知ってるのよ?!あたしだって知らなかったのに!」
「お前が鈍すぎるんだろ。言っちゃなんだが、俺は最初から知ってた。
あの野郎、カマかけたらすぐに正体を明かしやがったし」
何でもない事のように言ってのける。その顔をまじまじと見つめた後、
花耶は声を荒げた。
「とっくに知っていたんなら、どうしてあたしに教えてくれないのよ?!
あたし、当事者よ!?」
「訊かないから。わざわざ言う必要もないかと」
我ながら詭弁だと思いつつ、久宝寺は嘯く。素直で単純な花耶は、酸欠
の魚みたいに口をパクパクさせるばかりだ。
本当は、花耶には知って欲しくなかった。だから黙っていた。
千ノ王の正体が氷上と知れば、真っ向勝負な花耶が飛び出しかねない。
自分のいない所で直接に対峙するような、そんな危険を犯して欲しくは
なかった。だからこその配慮だったが、気遣いは徒労に終わったようだ。
やれやれと、久宝寺は溜息を漏らした。
「それよりも詳しく説明しろ。お前が知った、真実の記憶とやらを」
厳しい口調で促すと、花耶は戸惑いながらも頷いた。


◇◇◇


「おや、珍しい顔を発見……何?うちに偵察?それとも客人?」
放課後の、練習の休憩時間だった。揶揄するような軽口で迎えた自分を、
憮然とした尖った眼差しで相手が睨む。
「ええっ?わ!本当だ!」
「あっ!精北の久宝寺じゃねえのか?!何しに来た?!」
「久宝寺?精北の?何で?」
思わぬ人物の出現に周囲が騒然とする。が、当人は全く構わない。
「どっちでもねえ。お前に用がある」
元から妙に威圧感のある久宝寺だが、今日はまた格別だった。
殺気立ってるとしか言えない、不穏な空気を身に纏っている。
一触即発の危険な気迫に圧倒されて、場がシンと静まる。
「俺に用?それよりお前、部活は?」
「お前に関係ねえ。良いから顔貸せ」
傍若無人の言動は、いつもの事だ。性分なのだろう。が、ここは仮にも
他校で、相手は年上で、しかも河南バスケ部のエースと称される人物だ。
久宝寺のその命令じみた申し出に動揺したのは河南の一年生達だった。
「おいっ!久宝寺!氷上先輩に失礼だぞ!!」
さすがに誰かがそう抗議した。それでも久宝寺は一顧だにしない。
まるで悪びれないのが、いっそ潔くもあった。
「用があるって?それって何?悪いけど、もうすぐ休憩時間も終わる。
何だったら終了まで待ってくれるか?」
発言を聞き流された相手が勇み立つ。ざわつく後輩達を鷹揚に手で制し
て、氷上は答えた。
「待ってられねえ。だったら、もう良い」
久宝寺の反応は簡潔で即決だった。言葉通りに立ち去ろうとして、不意
に足を止める。
「忘れてた。伝言を預かってる。桜庭から」
作品名:月下行 後編 作家名:ルギ