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欠片

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第3章 家族



「君達に頼みたいことがある」
 特務派に所属して二年が経過した頃、カーフェン中佐と俺より一年早く特務派に所属したバルト少佐、この二人と共に本部にあるロートリンゲン大将の執務室に呼び出された。長期休暇をさらに長めに取得していたロートリンゲン大将が、この特務派の事務所に立ち寄るのは二ヶ月ぶりのことだった。休暇の前から忙しかったようで、殆ど顔も合わせていない。
「私的なことで申し訳無いのだが……、私の家族の護衛に当たってもらいたい。勿論これは命令ではなく、私からの依頼だ。特務派から人員を三人借りたいということは陛下や長官からも許可を得ているが、やはり私的な事情で隊を操ることに違いはない。もし君達がこの依頼を受けてくれるなら、ひと月休暇届けを出してもらい、そのうえで護衛にあたってもらいたいのだが……」
 ロートリンゲン大将は申し訳無さそうにそう切り出した。私的な事情であることを気に掛けているようだった。
「場所はマルセイユにある私の別荘だ。実は息子が今、其処で療養生活を送っている。聞いたことがあるかもしれないが、私の長男は先天性虚弱で、学校にも通っていない。その長男が三ヶ月前から筋萎縮の病気に罹ってしまってな。ずっと帝都で療養していたが、まったく回復しない。其処で空気の良いマルセイユの別荘で療養させていたのだ」
 初めて――聞いた。
 ロートリンゲン大将の長男が先天性虚弱だという話は聞いたことがあったが、筋萎縮の病気に罹っているとは知らなかった。驚いていると、隣に居たカーフェン中佐が尋ねた。
「もしかして閣下が休暇を長くお取りになっていたのは……」
「ああ。昨日までマルセイユに居た。幸い、マルセイユでの治療で少しずつ回復している。出来ることなら、もう暫く休暇を取りたかったが、会議もあるし、そう我が儘も言っていられなくてな」
 ではロートリンゲン大将だけ帝都に戻ってきたのだろうか。それとも一度家族で此方に戻って来たのだろうか――。
「今現在、マルセイユには息子と妻、そして使用人が二人居る。警備システムを完備しているが、私の不在を狙い襲撃しようとする輩が居る。其処で、君達に護衛を頼みたいんだ」
「勿論、任務に当たらせて頂きます」
 カーフェン中佐が応える。ありがとう――とロートリンゲン大将が告げ、そして俺の番となった。
「私も任務に携わらせて頂きます」
 バルト少佐も快く承諾した。三人の返事を聞いて、ロートリンゲン大将は安堵したようだった。妻子のことが心配なのだろう。きっと親というものはこういうものなのだろうな――と思う。
「では休暇届けの提出を頼む。そして……、君達は寮住まいだったな?」
 はい、と全員が応えるとロートリンゲン大将は言った。
「来週月曜日の朝10時に寮の前に迎えの車を遣わせる。運転手の名はゴードン。車種は……」
「あ、閣下。お気を遣わずとも、私達は列車で参りますよ」
「別荘まで結構遠い。森の奥深くの一軒家でな。……そんなところだから、空気は綺麗なのだが……」
 ロートリンゲン大将は悩んでいるかのような表情をしていたが、傍と俺達を見遣って言った。
「それから休暇中の給与は私から支払う。君達に不利になるようなことはしないから、安心してくれ」

 休暇を得たうえで任務に当たってほしいとロートリンゲン大将は言った。
 ロートリンゲン大将の執務室から、部屋に戻り、早速、休暇申請の書類を作成した。そして、カーフェン中佐達と共に休暇届けを本部に提出する。
「……別に休暇届けまで必要無いと思うが、公私混同は避けたいのだろうな、閣下は」
 提出したあとで、カーフェン中佐は言った。
「皇族や旧領主家は軍人でも護衛出来る。その権限を振り翳せば良いのに、そうなさらなかったのだろう」
 成程――。
 ロートリンゲン大将らしい。旧領主家の特権を得ながらも、それを行使したくないのだろう。
「しかし……、長男がそんな病気に罹っていたとは知らなかった。知っていたか?」
 いいえ――と応えると、バルト少佐も同じように応える。きっと誰も知らないのだろうなとカーフェン中佐は言った。
「筋萎縮ということは、まったく動けないのだろう。可哀想なものだ」
「そうですね。回復しつつあると閣下は仰いましたが……」
 俺は健康だけが取り柄だった。今迄大病に罹ったこともない。そう考えると、ロートリンゲン大将の長男は可哀想なものだった。どんなに裕福でも、手に入れられないものはあるということだろう。





「ザカ少佐ですね?」
 約束通りの時間に寮のロビーに降りると、スーツを着た初老の男性が此方を見て尋ねて来た。
「はい。もしかして閣下の……」
「ロートリンゲン家の運転手を務めておりますゴードンと申します。このたびはお世話になります」
 ゴードンという名の運転手は丁寧に一礼する。そのことに却って此方が恐縮してしまった。
「いいえ。私こそ、お世話になります」
 そう応えていたところへ、カーフェン中佐とバルト少佐がやって来た。彼は二人の姿と名前を確認すると、外に誘う。玄関のすぐ側に大きな黒色の車が停めてあった。
「どうぞ。長旅になりますので、お寛ぎください」
 車内はとても広かった。性能も良いようで、殆ど揺れも感じない。また、運転手のゴードンは気さくな人だった。彼は元軍人だったらしい。
「先代の部隊に在籍していたのですが、任務の折に怪我を負いましてな。軍に在籍出来なくなった私に暖かい言葉をかけてくれたのが、先代の御当主なのです」
「ではもう長い間、ロートリンゲン家に仕えてらっしゃるのですね」
 カーフェン中佐の問い掛けに、ゴードンは頷いて微笑を浮かべた。
「旦那様のやんちゃぶりも確り見てきました。お小さい頃は旦那様を困らせるぐらい活発でしてな。ハインリヒ様……御二男がよくその血を受け継いでらっしゃいます」
「今は御二男もマルセイユに?」
「ええ。尤も今日、旦那様と帝都にお帰りになる予定です。学校がありますから」
 確かに学校がそろそろ始まる頃だろう。ということは、マルセイユに残るのは身体の弱い長男と夫人ということだろう。
「仲の良い御兄弟ですから、帰りたくないと騒いでらっしゃる頃でしょう」
 ゴードン氏はその光景を思い浮かべるかのように微笑んだ。眼を細めて、此方をちらと見遣って告げる。
「御長男は穏やかでお優しい御子様ですよ。お身体の弱いことだけが悔やまれてなりませんが」
 そんなロートリンゲン家の話を聞くうちに、車はマルセイユに到着し、さらに森の奥へと進んでいった。山道を数分駆け抜けると、其処に大きな屋敷が聳えていた。
「どうぞ。あちらにおりますパトリック・ミクラスがお迎え致しますので」
 ゴードンが紹介してくれたパトリック・ミクラスなる中年の男性が丁寧に出迎えてくれる。執事かと思ったが、彼の紹介によると管財人だとのことだった。管財人がこの別荘を管理しているのだろうか――そう思っていたところへ、ロートリンゲン大将が現れた。
 いつもと違う印象を受けたのは、普段身につけている軍服ではない私服姿のためだろう。
作品名:欠片 作家名:常磐