小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

欠片

INDEX|27ページ/30ページ|

次のページ前のページ
 

 この帝都から遠い場所への異動に驚いた。いつ打診されたのか尋ねると、昨日のことだという。返事は後日と伝えてあるとのことだった。
「事務局内の独身者のなかから選ばれたみたい……。私ならすぐに動けるだろうって……。でも、私……」
「カレン。私と結婚してくれないか?」
 彼女が私の手を握った時、私は彼女にそう言った。
 順序が逆だ――それに気付いたのは、言った後だった。
「ノーマン……。本当に……?」
「以前から考えていた。君と結婚したい。……だがカレン、私は君に話しておかなければならないことがある」
 ついに――、この時が来た。心臓が大きく音を奏でた。緊張していた。
 カレンは私を凝と見つめていた。
 言わなければならない。
 この結果がどのようなことになっても――。
「私は両親を子供の頃に亡くして、叔父夫婦の許で暮らしていたと以前話した」
「ええ。聞いているわ」
 静かに息を吸い込んだ。彼女の反応が怖かった。だが、今を逃しては話す機会を失ってしまうことになる。躊躇するな。話さなければ――自分にそう言い聞かせた。
「私は叔父夫婦から虐待を受けて育った。……彼等の意にそぐわない時は容赦なく殴られた。食事も与えられず放置され、施設の保護を受けたこともある」
「え……? 貴方が……?」
「幼い頃、支援の手が伸びることはなかった。私が嘘を吐いている――虚言癖のある子供だとされてね。大人になってからも叔父や叔母の存在は怖かった。心理的外傷とでも言うのか、彼等を見るたびに身体が竦んで動けなくなる。……情けないことに今でもそうだ。士官学校に行ってから、私が彼等の許を離れていたが、彼等が本部にまでやって来たことがあって……」
 カレンは私の話を静かに聞いていた。彼女がどう判断するか――そう考えると途中で話を止めたくもなったが、必死にそれを制して、最後まで話した。
「今は叔父夫婦と法的にも養子縁組を解消している。今後、叔父達の干渉が無いとは言い切れないが、私がそれに応じることはもうない。……だが、私が恐れているのは私が幼い頃、虐待を受けて育ったことだ。虐待は連鎖すると聞いたことがある。私はそれが怖くて……、ずっと結婚を申し込めなかった」
「ノーマン……」
 私の話に彼女も驚いたようだった。黙り込んでしまった。無理もないことかもしれない。
「私の身元引受人はロートリンゲン大将閣下だ。全ての事情を知ったうえで、引き受けて下さった。養子縁組を解消する時に弁護士を紹介してくださったのも閣下だ。そしてジャンも全て知っている」
 私はこれで全てを話した。彼女に何の隠し事も無くなった。カレンは黙り込んでいた。過去を知って嫌われたか――そう考えると、後悔の念が押し寄せてくる。話すべきではなかったのではないか。話さなくとも良かったのではないか――。
 否――。
 彼女と別れたくない――今でもその気持ちは変わらない。だが、隠し通したまま結婚を申し出ることも出来ない。
 カレンは俯いていた。そして暫く経ってから、考えさせて、と小さな声で言った。



「ザカ大佐。此方の書類を頼む」
 ひとたび仕事となると、目まぐるしい忙しさに見舞われる。いつまで経っても書類が減ることはない。それはジャンも同様だった。軍務局内で常に忙しく働いているのが、ジャンと私の二人だった。
 その忙しさが、カレンとのことを忘れさせてくれた。カレンに全てを話してから、来週でひと月が経つ。彼女からは何の音沙汰も無かった。あの時の考えさせてという言葉は、私とは結婚できないという意味だったのだろう。私自身が抱える事情によるものだから仕方が無い――そう思うことにした。
 カレンと逢えないことへの寂しさは勿論ある。携帯電話を取り出して、彼女に連絡を入れようとしたこともある。しかし通話ボタンを押す直前に止めた。もう私は彼女に近付いてはならないような気がした。そっと影で彼女の幸せを祈るしかない――まだ彼女への未練を抱えており、悲しくなることはあるが、そうした思いを何とか抑えた。仕事が忙しかったから、感情を抑えることが出来たのだろう。
 ちょうどひと月が過ぎた日にジャンを飲みに誘うことにした。カレンとのことを話し、そして語り合いたかった。仕方がないと自分で納得させようにも、誰か他人からそう言われたかった。
「ジャン。仕事が終わったら飲みに行かないか?」
 今日の仕事を全て終えて声をかけると、ジャンは私もちょうど終わったところですと言って頷いた。
「ザカ大佐にお話ししたいこともありますし……、あ……」
「私に話?」
 ジャンは何か思い出した様子で声を上げた。まだ仕事が残っていたのだろうか。
「店はフレイで良いですか? あと一件、やり残したことがあるので、それを終わらせてから向かいます」
「解った。では先に行って待っている」
 ジャンとはいつも帝都の大通りの裏側にある酒場で飲み交わす。ところが、今回は珍しくフレイという小洒落た店を指定してきた。酒の数も多く、料理も美味い店ではあるが、ジャンにしては珍しい選択のように思えた。
 本部を出て、店までは徒歩で三十分程を要す。急ぐ必要もないので、街の様子を眺めながらゆっくり歩くことにした。何気なく通りかかった書店を覗いた。新刊が積み上げられているなかに虐待の文字が見える。虐待――その二文字は私にとって非常に重いものだった。
 結局、一生、暗い過去に捕らわれたまま生きていくのだろうか――ふとそんなことを考えてしまう。

 店は満席だった。外で待とうかと思っていたところへ、折良く一組のカップルが立ち上がった。一番奥のテーブル席へと案内される。此処ならば落ち着いて話が出来る――そう考えていたところ、入口にジャンの姿が見えた。
「ジャ……」
 声をかけた時、その隣にカレンが居ることに気付いた。ジャンは何故、カレンを連れているのだろう――。
「何も伝えずにすみません。カレンも交えてゆっくり話した方が良いのではないかと思って、誘ったのです。……先日の話はカレンから聞いています」
 カレンはジャンに相談したのだろう。私の生い立ちを知っているのがジャンとロートリンゲン大将の二人しかいないと彼女に伝えていた。だからジャン以外に相談出来る人間が居なかったのだろう。
 ジャンはカレンに私の隣の席を勧め、自分は私の向かい側に座った。ジャンと私はジンを頼み、カレンはマルガリータを注文する。これまでは尽きぬほどの話があったというのに、今は何を話して良いか解らなかった。
「ザカ大佐も一度も彼女に連絡を入れないとは、らしくないですね」
 無言の空気を打ち破ったのはジャンだった。
「それは私が返事を保留していたからよ」
 カレンが告げる。そして俯いた。
「……私は連絡をいれるべきかどうか悩んだ。カレンから急いて答えを求めるようで……」
「カレンも悩んだようですよ」
 ジャンが告げる。ウェイターがジンを2つとマルガリータを置いていく。
「ザカ大佐が何を恐れているのかは俺も解っているつもりです。ですがザカ大佐、過去に囚われすぎていませんか?」
作品名:欠片 作家名:常磐