欠片
そんなジャンを見てよく言ったものだった。もしジャンがもう少し上手く世を渡っていけば、すぐに昇級の話が出て来るだろう。ジャンは次第に軍のなかで疎まれていった。そのことを本人もよく解っていて、軍のなかでは私ともあまり親しくない素振りをするようになった。気にするな――と言っても、ジャンは聞かなかった。本部内で言葉を交わすのは必要最低限で、そのかわり外では共に食事に行ったり、互いの部屋で飲み交わしたりした。本部内の状況――とくに人間関係についてジャンはあまりに疎かった。誰がどの派閥に属しているのかさえ、把握していない。せめてそうした情報は、私から教えるようになった。
ジャンが本部に来て半年が経とうとする頃、ジャンは郊外に家を購入した。ある晩、私の許を訪れて、突然、家を買ったというのだからこれには驚いた。
「寮の部屋が手狭になったので、退寮を考えていたのです。アパートか持ち家か悩んだのですが、これからも本が増えることを考えて、一軒家をと……」
「本のために一軒家か。ジャンらしいといえばらしいが……」
「長期ローンを組みましたよ。再来月には入居するので、その時にはザカ大佐もぜひいらして下さい」
「ああ。遊びに行くよ」
ジャンは家を持ったとはいえ、仕事が忙しく、週末に帰宅するだけのようだった。私も仕事が忙殺される毎日で、カレンともなかなか会えない時期もあった。ジャンも私も昇級の話のないままに三年の月日が流れていった。カレンとの付き合いも順調で、私は彼女との結婚も考え始めていた。
だが、その時になって思った。私は家庭を築ける男となれるのだろうか――と。
私は幼い頃に両親を失い、叔父夫婦から虐待を受けて育った。虐待を受けていたことはカレンには話していない。いつも話す機会を失っていた。結婚となると、そのことも話しておかなければならない。
何よりも私が恐れているのは、私がいつか叔父夫婦のように子供を虐待するのではないかという不安だ。虐待を受けた子供は自分の子供も虐待すると――そういう連鎖があるのだと聞いたことがある。私は自分の受けたあの辛さを、自分の子供に経験させたくないと思っている。
だが――、連鎖ということはそういう思いとは裏腹に身体が動いてしまうのだろうか。そうだとしたら、私は――。
私は叔父夫婦のように、いずれ自分の子を虐待するようになるのだろうか――?