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跡地3

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真冬の雪道、恐ろしい炎を見た。

 炎といえば、なにを思い浮かべるか。
人それぞれだと思う。実家の仏壇のろうそくだとか、ガスコンロの青い炎を思い浮かべる人もいるだろう。あるいは熱いだとか、火傷だとか、炎の名前が付いた缶コーヒーだとか、炎そのものではなくその特徴などを連想する人もいるだろう。
自慢じゃないが、俺と同じ「炎」を思い浮かべる人は少ないだろう。最近、そんな映画を観たってんなら別だが。そう、恐ろしい映画のようだった。また、奇妙な体験でもあった。あの日俺が見た「炎」は。


 当時大学生だった俺は、バイト帰りに一人暮らしのアパートへ帰る途中だった。
本当は実家から通える大学に進学したかったのが、まぁ受験に失敗して、二次募集をしていたはるか遠くの雪国の大学に行くことになったのである。雪の降らない地方に住んでいた俺は、はじめこそ道路わきに堆く積まれた雪に盛り上がっていたものの、三年目にもなるとそうはならない。除雪車が横着したせいであちこちに残っている茶色い雪に舌打ちをしながら、いまいち安定感のない道を歩いていた。積もった雪のせいでただでさえ狭い道がさらに狭くなっているし、さらさら雪のせいで一歩踏み出すたびに滑るし、埋まるし、コケるし。なんでさっき俺を追い越して行った女はハイヒールで早歩きしてるのに転ばないんだ。
ただでさえ広い道とはいえないのが、今は人ふたりすれ違うのがやっとだ。白い息を吐きながら、黙々とその道を歩いていく。呼吸をするたび、吐き出す二酸化炭素も白い。こう吹きすさぶ風が寒い道では、吐いた息の熱さえ惜しく感じる。やめてくれ、俺から熱を奪わないでくれ。どうして体の中で一生懸命あたためた空気をまた外に吐き出さなければならないんだ。その代わりに乾いた冷たい大気を取り込んで、体は冷える一方である。
ああ、寒い。インナー二枚に、パーカーを着て、その上にダウンジャケットを羽織っているというのに。こんなに着込んで、俺は女子か。女の子なら、もこもこセーターにふわふわのついたコートを着て着ぶくれしているのも可愛いというのに。それにしても寒い。首を引っ込めて、足元ばかり見てしまう。まあ、コケるの防止にもなっていいと思うけどさ。

 そんなどうでもいいことをつらつら考えながら、アパートへの道を急ぐ。アパートへはこの一本道を行けばすぐだ。アパートから近いというだけで、めんどくさいコンビニのバイトを選んだのだ。アルバイト先のコンビニエンスストアへは、この一本道を過ぎて、あとは道なりに二回曲がれば到着する。コンビニのバイトは最初は覚えることが多くてつらかった。元から、頭の容量が少ない俺だ。でなければ、大学受験なんて誰が失敗するものか。公共料金の支払いで、ハンコを間違えて押したときはどうしようかと思った。未だに、あれを超える背筋の冷えることはない。
背筋が冷えるといえば、学科試験の答案用紙が俺のだけ行方不明になったという事件もびびったな。長期休み明けに、試験結果をもらいに行ったら、成績表には「不可」の文字。大学生がもっとも恐れる単語である。不可がつく理由は、出席日数が足りないか、テストの点数が足りないか。参考書、自筆ノート、配布資料等々持ち込み可の試験で、テストの点が足りないことはありえない。出席日数の方も、そもそも出席を取っていないものぐさの先生である。納得がいかなくて憤りと悲しみでわけのわからない表情をしながら、俺は教務課に問い合わせたら、「試験を受けていない」との返答。そんなはずがない。試験会場がいつもの教室と違い、一番大きな教室で落ち着かなかったり、前の席に座っていた顔見知りの先輩と「このテストは楽勝っすね」(持ち込み可だから)とか話して、回答用紙に「マホメットが天に飛んで行った場所」と書いた気がする(東洋思想史の講義だった)。
しかし、俺の答案用紙はどこかに飛んで行ってしまった。先生は、俺の答案の採点をした記憶もないらしい。この試験、回答用紙と問題用紙が一緒になっているタイプだったので、用紙が紛失した俺が、試験を受けたという確かな証拠はなにもないのである。結局、確かな証拠も取るべき対応もなあなあなまま、押せ押せの俺の態度が功を奏したのか、レポートを提出すれば単位は出ることになった。前代未聞の事態だったらしい。事の顛末をまとめれば五〇〇文字程度だが、この騒動で書いたレポートは二〇〇〇字、かかった月日はおよそ三ヶ月……ついこないだまで俺を悩ませていた出来事である。

 氷点下の世界で、マイナスの記憶を思い出して身震いをする。ただでさえ鼻水凍るくらい寒いのに、これ以上、自分で寒くしてどうするんだ、俺……。あ、マジで鼻水垂れてきた。ちょ、マフラーにつくつく。
 俺は立ち止まり、リュックからポケットティッシュを取り出す。献血でもらったやつだ。俺の趣味は献血である。今のところ予定はないけれど、いつか彼女と一緒に献血センターに行ければなぁと思う。それはともかく、鼻をかむ。ちーん。鼻のかみ方って遺伝するよな。俺のかみ方、母親にそっくりだもん。大学の友達にこのことを言ったら、お前それは遺伝じゃなくて、小さい頃から見ていたから体が勝手に見て覚えているんだと言われた。SO COOL。あー寒い……。また鼻水が……ってあれ。
寒くない。なんだか、逆にあったかいような……。

作品名:跡地3 作家名:塩出 快