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【跡地3】湯煙旅情幽霊事件簿

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湯煙旅情幽霊事件簿


 それは、ある温泉での出来事だった。
「――ここ、出るらしいよ」
 そう、貴幸は言った。
「ハナちゃん、気をつけろよ。ハナちゃんはそーいうのに好かれるタチだから」
 だったら、始めからこの宿を取らないでほしい。
 その旨を貴幸に告げると――。
「仕方ないだろ、仕事なんだから」
 ――とのたまった。
 まあ、仕事なのだったら仕方のない話か。
 私は親代わりの才川貴幸という男と、近場の温泉に遊びに来ている。長い歴史を持つ名湯という話だけど、温泉の違いが私には分からない。
 まあ、何となくここの温泉が気持ちいいというのは分かる。あまりお風呂の類に拘りのあるタイプではない私ですら、もう既に三回目の入浴となっているのだから。
 いや、正確にはそれ以外にやることがないのだからかもしれない。温泉に入るために来たのだが、麓への道が雪によって寸断されており、しばらく帰れない状況となっている。それ故に貴幸は温泉に飽きてしまい、今は旅館のゲームコーナーでレトロゲームに勤しんでいる。
「~♪」
 思わず口ずさんでしまう。
 聞くところによると、温泉は乳白色のものは温泉の成分が酸化してしまっているのだとか何とか。あまり詳しくは知らないが、なるべくなら透明の方がよいのだとか。
 勿論、それが一概に正しいとは言えない。何故なら、温泉の成分によってその性質も変わるのだから。まあ、温泉を選ぶ際の一つの指針と思ってもらえれば結構である。
 そういった面から見て、この温泉は本当に名湯なのだろう。温泉は透き通り、石畳の湯底が見える。掛け流しの温泉で、絶えず湯が流れている為か、温くなりがちな露天風呂のお湯も、暖かいままだ。
「小学生がブルーハーツ。将来が不安になるわね」
「――っ!」
 まさかっ! 誰もいなかったはずだっ! 湯気で見えなかったのかっ!  うわ、恥ずかしいっ! 温泉の気持ちよさに浮かされて口ずさんでいたら、それを聞かれてしまうなんてっ!
「しかもロクデナシって……いや、ま、確かにいい曲なのだけど、できればもうちょっと可愛らしい歌にしない? ちょっと渋すぎるわよ」
 凄く綺麗な女性だった。手足がすらりと伸びて、身体のメリハリがしっかりしている。色白の素肌に、ストレートの髪は薄く脱色されていて、まさにオトナの女性という雰囲気の女性だった。長い髪をヒスイ色の髪止めで止めていて、その様子がまた色っぽい女の人。
 却って私は、肩上で切り揃えられた黒髪に、幼げな顔、背は低く、薄い胸とお尻。彼女のその姿が私のコンプレックスを否応無く刺激する。
「う……私が何を歌おうと勝手じゃないですかっ! いいじゃないですかブルーハーツっ! 日本パンクロック界の最早伝説と言っていいバンドですよっ!」
「いや、小学生が歌うにはちょっとアレすぎんでしょ。何、学校で辛いことでもあんの?」
「ありませんよっ! いや、あるけどありませんよっ!」
 例えば身長とか。周りの女の子は成長期に入り、続々と男の子の身長を追い抜かしているのに、成長期に入っている筈の私はそれでも、クラスの身長カーストの最下位をウロウロしている。
「あ、身長か。いいと思うけどなぁ、ちっこくて可愛いと思うよ?」
「ちっこい言うなっ! しかも私は小学生じゃないのですっ! 中学生なのですっ! バリバリのチューイチなのですっ!」
「……ごめん、ちょっと無神経すぎた」
「そこで謝られると余計空しくなるから止めてくださいっ!」
 いや、ホント、中学一年生にして姿かたちは小四、贔屓目で見ても正五。これはちょっとヘコむ。
「で、小学生が何で一人で温泉に?」
「だから中学生なのですっ! ――ええぃ、えっとですね、親戚と一緒に温泉に来てまして、親戚は今、上のゲームコーナーで遊んでいるのですよ」
「一緒に遊ばないの?」
「私、ゲームは苦手なので」
 ゲームも苦手だが、ボタンが一杯ある機械はとてもではないですが扱いきれない。パソコンなんて、私にとっては学者さんの計測機器とそう変わらないものである。
「まあ、あそこのゲームコーナーは古いのばっかだから、あたしもあんまり好きじゃないけれどね」
 そうだっただろうか。割りと新めの機械が入っていたような気がするが。格闘ゲームの種類を見る限り、割りとハイカラな気がするのだけれど。
 その違和感を頭に抱えながら、私はふと、その質問をしたくなった。
「ここ、出るって話だけれど、信じますか?」
「君がお風呂に入ってきた時ちょっとドキッとしたけれどね。座敷童子かーって」
 失礼な話である。
「シュレティンガーの猫って知ってる? いわゆる思考実験の一つなんだけどさ」
「えーっと、箱の中に猫を入れて毒ガスを流す。箱の中の猫は死んでいるはずですが、それは箱を開けるまでは分からないっていう、言葉遊びの類ですよね」
「いや、それはちょっとざっくりしているけれど……まあ、要は幽霊って猫なワケさ。見るまでそれが存在するか否かが分からないって代物。まあ、最近じゃ見てしまっても本当にいるかどうか分からないって言う奴もいるけれど」
 精神的な問題ウンヌンカンヌン。
「神様だってそうだ。いるのかどうか分からない。見るまでそれが本当にいるのか分からない」
 神様と幽霊というのはやはり実体の掴めないモノの代表格に思える。宗教も霊感も、その根源は同じだ。
 見えないモノを信じる。結局見たモノが幽霊か神様か気のせいか、分かる者など存在しない。実際見たものすら間違って見えるのだ、幽霊も神様も同じだろう。
「――いや、分からないって思わされているのよ」
 しかし、女はそれに異を唱えた。
「神様は存在する。少なくとも、この日本には――」
 若干電波染みたものを感じながらも、私はその続きを催促する。
「どういうことですか、それ。宗教には関わりませんよ……」
「アレを見てみなさい」
 そう言って、女は露天風呂から見える山を指差す。
 火山だ。この地に温泉をもたらしている火山である。
「古くは古事記、火山を擬人化……というのはおかしいけど、格あるものとして扱ったモノがあるの。神様、というには少し違うけれど、ヤマタノオロチがそうね」
「あれって河川の神格化じゃありませんでしたっけ?」
「えーっとねぇ、八岐に分かれた首は河川を、背中に生した苔や木々は山を、そして血で爛れた腹は砂鉄の採掘によって汚れた河川を表していると言われているわね。
 ――ところが、それに異を唱えた人がいる。その人が言うには、血で爛れた腹は火砕流、マグマじゃないのか、と唱える人がね。そういう意味では、大地の神格化、とここでは言った方がいいかもね」
 なるほど、そういう説もあったのか。まあ、神話なんて色々な角度から解釈が変わるものだ。真実を知るには、タイムマシンでもなければ無理だろう。
「火山といえば、やはり拝火教にも触れておかなければいけないでしょう」
「はいかきょう?」
 あまり聞いた覚えのない言葉だ。