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松橋オリザ
松橋オリザ
novelistID. 31570
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立ち読み版 春風(かぜ)が教えてくれたこと

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(あの人とだったら不倫してもいいかも。あの美しい人と……)
 二度目は手を振りながら駐車場へと歩く姿。
 彼女の子はその他大勢の中に埋もれてしまってわからなかったけれど、すらりとしたスタイル、白い肌とカラリングしないツヤのある黒い髪、後ろでまとめた控えめなバレッタが今でも印象に残っている。
(あの美しい人。あの人に誘われたら、きっと断れない……)
洸佑は彼女を自分の中で、「バレッタ夫人」と名付け、それから毎朝、彼女に会えることを切望していたが、未だにそれは叶えられていない。






「洸佑先生! 杉山先生!」
 その時、バタバタと報告に来た一人の男児。幼稚園ではよくある風景だ。
「また麻衣ちゃんと、イサム君がチューしてる!」
「あの二人は大きくなったら、結婚するんだって。見守ってあげようね」
はあい、とあっさりと立ち去ったのもつかの間、今度は別の子がかけよって来た。
「イサム君が麻衣ちゃんのお洋服、脱がしてる!」
「えーっ!」
 急いで二人の元へ駆けつけると、本当に麻衣の背後から手を回して、ボタンをはずしにかかっている。
「あのね、こういうことは大人になってからしようね」
 あわてて取り押さえる杉山に、イサム君はちょっと不満そうだ。






「今時の子がこんなにおませだなんて……」
 どうにか事態が収拾され、ため息を吐く洸佑に、杉山がふとつぶやいた。
「私も、イサム君みたいに素直になれたらなあ」
(そう言う問題だろうか)
 杉山は保護者のイケメンパパと略奪婚をし、寿退職するのを夢に見ている。
 他の先生達の話によれば、ここへ赴任してきてから十年以上、ずっとそう言い続けていると言う。
 そんな杉山が洸佑は嫌いではない。指導教諭として頼りがいがあるし、開けっぴろげで相談もしやすいからだ。






 ひばり幼稚園では、園長の情操教育理念のもと、毎月一回、近くにある聖マヌエル教会へおもむき、神からの啓示を受けさせている。
 恒例行事となるほど保護者からの評判はよく、今日はその礼拝の日なのだ。
 洸佑が杉山あつ子とともに年長児を引き連れ、マイクロバスに乗り込むと、すでにイサムと麻衣が手をつないで座席に座っていた。






 車で十五分くらいの郊外にあるその教会は夫婦二人だけで運営されてきた、これが教会? と思わせるような、普通の洋館だ。
 玄関ドアに控えめに掲げられた十字架といい、二十人も入れば満員になってしまうような暖かみのある礼拝堂といい、隠れキリシタンになったようで、洸佑も大好きな空間だった。
 長いすに腰かけた園児達は小さな手を組んで、神妙にマリア像に祈りをささげる。ふだん生意気な子達が可愛い表情を見せる一瞬だ。
「よい行いをしなさい。まず、よい行いを思いうかべたら、それが本当になるようにお願いをしなさい」
 牧師の言葉に、バレッタ夫人と再会し、結ばれることを真剣に祈る洸佑だった。