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嘘と摂理と

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焦(しょう)、と音の立つ錯覚すら覚えさせるような強い陽射しの下、青年は山道を歩いていた。
 名をマロトゥという青年の視界に映る彩りは少ない。
 空の青と砂の色、疎らに見える植物の枯れかけの緑しかなかった。山道も、その横の断崖から見渡すことのできる広大な景色さえもだ。この付近一帯の地方は、広く黄褐色に覆われた砂漠地帯である。砂漠から天を衝くように突き出した山の一つ、麓の人間からはエニエトと呼ばれる山の道を、点々と立つ休憩所を使いつつ青年とその周りを囲む衛兵らは歩き通していた。
 マロトゥは木製の枷を嵌められて重くなった両手を振って言った。
「これ、外してもらえないかい? 痛くなってきたよ」
「なりませぬ」
 手枷の青年に堅く答えた年配の衛兵は、腰に佩いた、若干錆の浮きかけた短剣を見せつけるように揺らした。
「貴方は既に我らが王子ではなく、御竜への生贄。不遜な振る舞いは控えるがよろしかろう」
「さっきからそうだけど、なんか厳しくない? 君ら」
 エニエト山からほど近い麓の国、オロパスからは山の頂を覗くことはできないが、そこには一頭の竜が棲んでいる。遥か昔から生きており、地上の者を見守っていると伝えられているかの竜は、人族との間にある盟約を結んでいる。
 次のような言い伝えがある。
 その昔、近隣諸国は獣どもによって広く害を被っていた。その害は食料資源、家畜に止まらず、人間自体にも及んでいた。
 そんな折、一頭の巨竜が舞い降りてきた。
 この一帯もこれで終わりかと見られたが、不思議なことに獣どもが人に害を為すことはなくなった。竜はあらゆる生物の上位存在であり、獣どもは蜘蛛の子を散らすように逃げていったのだ。
”我、地の者をあらゆる災いから守らん”
 巨竜は人々にそう宣言するとその誓いの証に、自らに槍を刺させたという。
 以降、竜は王族の人間の言うことだけを聞き、国は現在まで繁栄し続けてきた。繁栄の見返りとして、罪人を主とした生贄を捧げながら。
 マロトゥは幼少のころからそう聞かされ続けてきた。
 竜という存在に、男として憧れがないとは言えないマロトゥだが、これから喰われるとあっては浸ってばかりもいられない。
 自分が贄となることに未だ現実感を持てずにいる青年の口調は、しかし軽かった。道横、断崖の向こうに俯瞰できる故郷、一際大きな王城と特徴的な尖塔を望みつつマロトゥは言った。
「竜の伝説だって本当かどうか……もうさぁ、山を降りないかい? 僕はもう国から永久追放でいいからさ。君らにも仕事があるし、それがいいよ。父にゃどうせ分からないって」
「なりませぬ」
 青年としては精一杯の嘆願のつもりではあったが、そこに込められているかどうかすら曖昧な誠意が伝わるわけもなく、素気なく断られたのであった。

     ●

 もう半刻も歩くと、頂上方面からは唸り声が聞こえ始め、一行は歩みを止めた。年配の衛兵はマロトゥに近寄り、手枷を外しながら言った。
「もうじき頂上です。ここから先はお一人で」
「それも『取り決め』かい?」
「左様で」
 枷を外し終わると、衛兵らはもと来た道を塞ぐように並び立った。マロトゥが逃げ出さないよう見張るつもりだろう。
「どうぞ、お進みくだされ」
「そりゃどーも。ここまで楽しかったよ」
 殊更に明るく言ってみせると、マロトゥはさっさと衛兵らが見えなくなる所まで走り去っていった。
 鳴り止まぬ遠雷のような竜の唸りが、青年の耳朶(じだ)を更に強く叩いた。

「もう少し優しく振る舞ってくれてもいいだろうに……」
 先ほどまでの不敵なまでに明るい口調とは裏腹に、一人になったマロトゥの挙措は一転して弱々しくなっていた。余人が今の彼を見たなら、さぞひどく驚いたことだろう。それは、およそ故郷では見られなかったものだからだ。
 故郷でのマロトゥの振る舞いは、傲慢無礼という言葉が服を着て、おまけに金まで持って歩いているようなものだった。視察と称しては家族や使用人どもの目を盗み、夜の城下街に繰り出し遊び歩いていた。酒は飲んだし喧嘩もした。抱いた女の数は両の指では足りぬほど。
 王族直系の長男であり王位継承の第一候補という立場に甘えた傍若無人な生活は、しかし長くは続かなかった。第二候補だった弟のハジュの告発によってあっさりと終わりを告げたのだ。本来であれば夜遊び程度のことで『贄送り』のようなことにはならないはずだったのだが、それはあくまでもきっかけに過ぎなかった。裁判においてマロトゥが関与していないはずの罪――その多くは弟が他の政敵を失脚させるために使った数々の悪事だ――の数々を擦り付けられ、釈明する暇もなく山へと連行されることになってしまった。
 マロトゥもマロトゥで、性格から「そこまで言うのならもういい。潔く死んでやる」などと大衆の前で豪語してしまったものだから、もはや助命嘆願もままならない。その上見張りがいるため山を下りることも叶わない。青年に残された道はもはや前にしか開かれていなかった。
「畜生、さっきの連中から短剣でも奪っておけばよかった……ん?」
 毒づくことしかできない青年の目に、砂岩によって構成された大きなアーチが映った。
 竜に謁見するための祭壇。その入り口が見えてきたのだ。

     ●

 道の勾配に隠され見えなかった威容が、マロトゥの視界を圧倒していた。
 見上げて確認するしかない体躯は、大きいという言葉だけで表現するにはマロトゥの常識を逸脱しすぎていた。青年は息すら止めて眼前の竜を観察した。
 竜は体を丸めて眠っているように見えた。
 丸められた体は一つの巨大な岩にしか見えず、その表面はどんな鎧よりも堅固そうな鱗に鎧(よろ)われている。もともとの色なのか経年の結果なのかマロトゥに判断は付かなかったが、その肌は周囲の砂と同じ色だ。幾星霜を閲する樹か巌があるとするならば、正しくこの竜のことだったろう。恐らくは、先ほどマロトゥがこぼしたように短剣を奪ってきたとしても、威力のほどはそこらの棒切れとそう変わらなかったに違いない。
 マロトゥが子供のころ初めてラマを見た時や異国の巨象を目の当たりにした時も、ここまで驚いたことは一度とてなかった。
 青年が硬直していたその時、あの辺りだろうと見当を付けていた首らしき太い部分がもぞり、と動いた。首の位置が分かると、自ずと竜の顔の全体像が見えるようになってきた。
 丸太を何本も束ねたような太い首の先に見えるのは、鋭く伸びた、大人四、五人は同時に呑み込めてしまいそうなほどに広い顎(あぎと)だ。そして、それと同じくらいに目を引いてやまない存在がその下顎から突き出ている。
 伝説にあった竜の誓いの証、余人の呼ぶ名も、そのまま『誓いの槍』だ。
 そこから視線を目玉らしき所にやると、鋭い縦長の瞳孔を宿し砂塵の中にあってなお綺麗な黄金の瞳が青年を見返してきた。
「何モのゾ」
 低く野太い声が響いた。
 どこから声を掛けられたのか分からず、マロトゥは周囲を見渡した。しかし辺りには木板と砂岩でできた祭壇とその飾り、そして岩しかない。
「まタ贄か。どウモ人間は同族を殺ス事が本当に好きラしイ」
「……竜が?」
作品名:嘘と摂理と 作家名:ナウビレッジ