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火を吹く怪物の夢-MONSTER-

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【SCENE 1/7】
●○○×○○○
 電波さん、という人種に出会うのはこれが初めての経験だった。
「…………名前は?」
「山田イカロス」
「そうかい。で、本名は?」
「鳥になりたい……」
 お構いなしだった。ほとんど前髪に隠れた右目で雲一つない青い空を見上げる。食い入るように見ているので何かあるのかと視線を追うが、やはり雲一つなかった。
 困り果てて雪音さんを見ると、既に諦観しているような微笑を返されてしまった。
「――――色々、あったらしくてね……」
 ――境内、平常通り参拝客はなく、空は青一色だった。真昼の涼しい大気が流れ、乾いた風で大地を撫でて舞い上がっていく。
 そんな見慣れた光景の真ん中に佇み、呆然と風を受けているほつれた制服の少女。呆然と、本当に魂の抜けたような顔をして紙ヒコーキみたく揺れていた。
 その風を切る両手に何の意味があるだろう――まさか、本当に飛ぼうとしてんじゃないだろうな。
「…………ばさ、ばさ」
 頭が痛くなってきた。妄想遊泳だ。あいつは真っ青な空を目に映し、飛ぼうとするのではなく既に飛んでいたのだ。
「あー……何を、」
 何をさせようってんですかい雪音さん、そんな満面の偽物笑顔を浮かべて?
「えーと……ね?」
「あたい、ギャドラを観たいのよ」
 気付けば腕を掴まれていた。暗澹と光る電波ちゃんの目が、強い意志を宿して訴えてくる。
 意味は頭に入ってこない。
「……は?」
「あたい、ギャドラを観たいのよ」
 そんなことを、まるで「病気のおっかさんに会いたいのよ」みたいな風に言われてしまった。
「えーと……」
 がっしと何考えてんだか分からない握力で掴まれていて、振り払ってもまるで逃げられない。仮にも狩人見習いである俺がだ。
「はい、劇場版ギャドラのチケット2人分。夜に本部から迎えが来るまでの間、その子をよろしくね」
 俺はトカゲのような乾いた微笑みを浮かべていただろう。


【SCENE 3/7】
×○●×○○○
 屋根のある商店街の出口辺り、マクドナルドの数件隣に隠れ潜むようにしてその映画館はあった。
 掲示板みたく無数のポスターが貼ってあって、その下をくぐるように歩く地下鉄の階段ハーフサイズがある。傾斜が急すぎて山田がつまずき、危うく支える。
 ようやく映画館にたどり着いて、ここまでの道のりで俺はどっと疲労したのを感じた。
「…………?」
 ぽややんと不思議そうに見られるが、こいつ、ものすごく危なっかしい。隙あらば転ぶしふらふらと車に轢かれそうになるし、歩けばべごんと頭からぶつかる。
「ぽっきー、たべる?」
 などと犬にご褒美ビーフジャーキーの体《てい》で差し出されたそれ。何故こいつがほつれた制服を着ていて、やけに煤けているのか納得した。
「…………敵の施しは受けねぇ」
「おおっ、ラストサムライ」
「ラストじゃねぇ! 断じて最後の生き残りじゃあねぇ! 侍は永遠だーっ!」
「ふぁーすと? 元祖好き? 私もギャドラは元祖がステキ……」
 頬に手を当てほわほわしてる。魂が抜けていくのを感じて、俺は視界の中に劇場版ギャドラFINALのポスターが貼ってあるのをみつけた。
 ――――劇場版ギャドラ。あの映画を見せてやるお守りに俺が抜擢されたらしい。
「………なんでだ……?」
 キョトンとされる。夜にお迎えが来るまで? この子を? よろしくね?
 名前は山田イカロスさんというらしい。
「おとなにまい」
「いらねぇよ。さっきのやり取り聞いてなかったのか」
 べし、と後頭部にツッコミを入れる。微笑ましそうにしている受付のおばさんにチケット2枚をもいでもらって、王道に飲み物ポップコーンを買って、ようやく入場した。
「おーっ」
 山田が喜びを表現する。本当に小さな、学校の教室2つ分くらいしかない映画館だった。
 平日昼間もあいまってほぼ貸し切り。先頭最左の席で見知らぬじーさんが寝こけてるだけだった。
 とてててと真ん中辺りに駆けていく山田を見て、俺はようやく気付いた。
「おい山田」
「ひょ?」
「なんで上履きなんだ? おまえ……」
「あー……」
 山田は何故か、学校の薄汚れた上靴なんかを履いていたのだ。ひょいと席に腰を下ろして何も映らないスクリーンを見つめる。よく分からない。
「…………どこかに忘れてきたのか? 靴の一足くらいなら、」
 ぶん、ぶんと首を横に振って拒否された。まっすぐ前を向いたまま言った。
「……………………最後まで、学生で、いさせて?」
 ――――つくづく、よく分からない。
「そうかい……さって、んで何なんだ大怪獣ギャドラって。ゴジ○か? モ○ラか? キ○グギドラか? いわゆる3大怪獣のどれに近いんだ」
「違うわお兄さん、3大怪獣というものはだね――」
 それから映画が始まるまで宇宙語を聞かされた。まったくもって、何を言ってるのかは分からなかったが、まぁ好きなんだろうなということは伝わった。
 それだけお好きなはずなのに、映画が始まった途端に目を閉ざして背筋を伸ばして寝てるのは謎だったが。
「…………?」
 気のせいか、眠る山田の手が小刻みに震えているように見えた。スクリーンの中は悲鳴。
「…………おい? 山田?」
「ひょ?」
 念のために起こしてみたのだが、瞑想したまま返事された。もしかして、別に寝てたわけではなかったのか?
 映画は進み、山田は耳だけで映画を楽しみ、別に良設備でもない音響が怪獣の悲鳴を響かせる。
 ――大怪獣ギャドラは、人間たちの環境破壊、汚水垂れ流しや大気汚染や酸性雨、それらの行き過ぎた『汚れ』を星の自浄作用が一顧の個体にして吐き出したという設定だ。因果応報ってやつだろう。人々は自らの傲慢さが招いた罪《けっか》に逃げ惑い悲鳴を上げ恐怖するのだ。
 なるほど確かに物語として悪くない。問題は、どう見たっていわゆる『核の落とし子』のパクリな辺りだが――
「…………怪獣の声は、悲しい声なんだよ」
「へ?」
 いつの間にか山田が目を開けていた。その意思のこもらないすっからな瞳に、大怪獣ギャドラが都市を破壊する場面を映して。
 砲撃を受けるギャドラの咆哮――悲しいと言われてみれば確かに、決して楽しい状況ではないのだろう。
「――考えたことがある? 人類を、軍事を科学を敵に回してすべてを破壊し尽くす怪獣」
「ああ……ま、怒り狂ってるよな。ギャドラさんは何なんだ? 科学ってものが気に入らないのか? 地球を汚すなって義憤や縄張り意識は、ある意味動物的っちゃ動物的だよな」
 ギャドラとて好きこのんで人間を殺したくはないだろう。怪獣に意思なんてものがあるのかは知らないが、出来れば出来るだけ共存していけることが望ましい。その方が不幸にならないからだ。
 そんな怪獣映画初心者の意見をしかし、博士はぶんぶんとまた首を横に振って否定した。
「………そのような高度な知性はギャドラにはないよ。ギャドラは戦う。目の前に現れるヘリや戦車や軍艦を徹底的に破壊し尽くす」
作品名:火を吹く怪物の夢-MONSTER- 作家名:廃道