ナマステ!~インド放浪記
そんな事、最初から説明してくれれば良いものを、ガチンコ勝負させられた私は、
相当パニクりましたし、緊張して後半はヘロヘロになっていました。
「はい、残りは午後からにしましょう。」
そう言って、ベンガルさんが席を立ち、にっこり笑ってインド組3人に握手を求
めました。そうすると、さっきまで、ものすごい形相で怒り狂っていた3人は急
にケロっと笑顔になり、「じゃあ午後に」と握手を求めて来たではありませんか。
(なんなんだ、こりゃ?)
もう、狐に抓まれたような気分で握手をすると、ピートさんが、
「いい会議でしたよ!」とウィンクするではありませんか。
これが、インド社会の交渉におけるスタンダードであり、普通の事なんだと思い
知らされました。
時計を見るとまだ午前11時、7時から打ち合わせを始めて4時間、もう昼休み
です。インドでは、7時から11時まで午前の仕事をし、11時から3時までの
長い昼休みがあり、3時から7時まで仕事をして8時間労働。これで1日が終わ
ります。これは、昼間40℃を越える猛暑が一年中続くこの地方の暑さ対策なの
でしょう。因みに、「子作り」は昼休みに行うそうです。そりやぁ、4時間もあ
ればねぇ・・・納得です。
ゴリさん、ベンガルさんのプロとしての腕前をまざまざと見せ付けられた私は、
疲れ、意気消沈して2人の後に続いて会議室を出ました。4時間もの昼休み、会
社に居てもしょうがないので、一旦ホテルへ戻るのです。ハマちゃんの運転する
おんぼろ車の中で、「いやぁ、上出来、上出来! 午前中で重要な部分は殆どクリ
アできたな。ご苦労ご苦労。」とゴリさんがうな垂れる私の肩をパンパンと叩く
のでした。
「すんません。パニクっちゃって。」
と私が言うと。
「それでいいんだ。こっちもうろたえている姿を見せないと、交渉ってのは落と
し所が見つからないもんだ。あんなうろたえ方は、演技じゃできないからな。は
っはっは! 向こうさんも満足したことだろう。覚えておけ。」
(はい、あのインド人が指差した指のカレー臭かった事、絶対に忘れません。)
ホテルへ戻り、ベンガルさんの部屋に集まって皆で昼食をとることにしました。
午前中の会議はまずまずの成果だったという事で、気を良くしたゴリさんの驕り
で、ベンガルさんの部屋のテーブルにはたくさんの種類のカレー、サラダ、その
他の食材が並べられました。忙しく準備を行う給仕さんの一人がやけに年を取っ
ていて、足元もおぼつかないのですが、他の給仕さん達がその年老いた給仕さん
を気遣いながらサポートしているのが目に付きました。その給仕さんが私のとこ
ろに来て、コーヒーカップにコーヒーを注いだ時、その手元に微妙な違和感を感
じて、なんとなくその手元を見ると、
(ん?1,2,3,4,5・・・)
なんと、その給仕さんの指は6本あるではないですか!
「ベンガルさん、この人、指が6本ありますよ。」と隣に居たベンガルさんにそ
っと教えると、彼は「そういう人、ここインドでは良く見かけます。普通の人と
違う状態、いわゆる奇形で生まれてきた人は神の化身とされ、人々から敬われる
存在なのです。厳しいカースト制度のおかげで、身分こそ変えることは出来ませ
んが、自分の属する社会の中で、働けない時は食べ物を分け与えられ、生活をサ
ポートされるという慣習があるのです。」と言いました。
なるほど、社会保障など完備されておらず、厳しい身分制度によって弱者が成功
することもままならないこの社会で、身体に障害を持つさらに弱い人々は宗教を
礎としたこのようなありがたい考え方によって救われているのだと人の世の成り
立ちの絶妙さを思い知らされたのでした。
真昼の宴会は1時間程でお開きとなり、各自の部屋へ戻って残りの3時間を「子
作り」するでもなく、無意味に過ごす事となりました。部屋へ戻った私は、午前
中のバトルで掻いた冷や汗を冷たいシャワーで洗い流し、テレビを付けてベッド
に横たわり、ボーっとインドのミュージカル番組を見ているうちにうとうとと眠
りに落ちて行きました。
「プルルル、プルルル」
ホテルの電話が鳴る音に目を覚まし、時計を見ると午後2時50分、そろそろ出
発の時間です。
「もしもし?」
「もしもし、あー、○○さん? ベンガルですけど、どうもお腹の調子が悪くて
・・・すみません午後は出られそうにないです。
重要な事項は午前中で終わった様なのですみませんが午後はゴリさんと二人でお
願いします。」
「はい、分かりました、お大事に。」
(バングラデッシュで2年間も過ごした彼でさえ、油断するとお腹を壊すんだなぁ)
皆が警戒する訳だと納得していると、
「プルルル、プルルル」
またもや電話が鳴りました。
「もしもし?」
「もしもし、あー、○○? 俺、ゴリだけど、どうも腹の調子が悪くて・・・
すまんが午後は出られそうにない。重要な事項は午前中で終わっているから、
すまんが午後はベンガルさんと二人で頼む。」
「はい、分かりました、お大事に・・・・って、ち、ちょっと待って!、ベンガ
ルさんも・・・」
「プーッ、プーッ、プーッ・・・」
(え、ええ〜〜〜?!)
みんな同じものを食べたはずなのに、いや、私に至っては彼らよりも無警戒に何
にでも手を出して食べたはず・・・
それなのに、二人とものた打ち回って、私はといえば・・・そう、さっき異常に
臭いおならが一発出ただけ・・
後日、この話は会社で有名な話となり、「鉄の腹を持つ男」と皆に呼ばれる様に
なりました。
画して午後の会議は若葉マークの私一人で捌かなければならなくなったのです。
さあ、これから一人で地獄の会議室に乗り込まなければなりません。
緊張で、頭がクラクラして来ましたが、胃がキリキリ痛むという事もなく、わが
身の頑丈さをこの時ばかりは恨んだのでした。
まぁ、それでも何とか会議をこなし、なんとか帰国したのでした。
おしまい。
作品名:ナマステ!~インド放浪記 作家名:ohmysky