ナマステ!~インド放浪記
さあ、やっと現場事務所に到着しました。午後3時を少し回ったところでしょう
か。いや〜、長かった、色々ハプニングもあったし、疲れました。まぁ、今日は
挨拶回りだけなので、さっさと済ませましょう。
ゴリさん、ベンガルさん、私の3人は、事務所の所長さんにご挨拶に伺いました。
「日本からやってきました。○○○の×××です。よろしくお願いします。」
ゴリさん、私が頭を下げます。ベンガルさんは胸の前で手を合わせ「ナマステ」
のポーズ。堂に入ってます。
「いんやぁ、よぐきたなやぁ、まんず、今日だば工場のせずびば見学すてけろ。」
これ英語?と耳を疑いたくなるほどとんでもなく訛った言葉で所長さんが握手を
求めて来ました。
「まんず、おらだずのせずびだば、〇#$¥%♪×・・・・・・・!!・・・・?・・・」
(う、うわぁ〜。明日の会議大丈夫かなぁ。)
「彼の話す英語、殆んど理解できないんですけど。」と言うと、
ベンガルさんは、
「インド英語は慣れないと本当に聞き取りづらいんです、うちの会社にアメリカ
からの帰国子女がいるんですけど、その人がインドからの電話を取り次いだ時、
「これは英語じゃない」と言ってたくらいですから。今日1日色々と聞いている
うちに慣れますよ。」
と慰めてくれました。
その後、3人の担当者を紹介されました。1人目は中国系2世のソンさん。風貌
は日本人と変わりませんので、親しみがあります。「どんぞ、よろすぐ」やはり、
言葉は訛っています。でも少しはましかなぁ。「よろしくおねがいします。」に
っこり笑って握手。
2人目はインド人のピートさん。若い方で30歳くらい。後で聞いた話ですが、
この人はインドの超難関大学を卒業したエリート社員で将来を嘱望されている人
です。風貌はオーソドックスなインド人。
「とおいどごがら、よぐきなすったなや。あすたもおねげぇすまし。」ちょっと
訛りが強いかなぁ。
「ナマステ〜」手を合わせてにっこり。
3人目はバングラデッシュ系インド人のロイチョウドゥルーリさん。舌を噛みそ
うになる名前。通称ロイさんです。年は58歳という事ですが、どうみても80
歳ぐらいにしか見えない、皺くちゃで細身のこの人は長年、工場設備を扱ってき
た、その道のエキスパートです。
「〇#$¥%♪×・・・・・」理解不能です。
と、ベンガルさんが、ベンガル語でなにやら話しかけ、ロイさんは驚いた様な顔
をして、流暢なベンガル語で会話を始めました。
「この人は出身がバングラデッシュなので、私が通訳しますよ。」とベンガルさん。
(ひやぁ、助かった!)
胸をなでおろしました。さすがベンガルさん! 単なる「たらこはみだし系男子」
ではありません。
ロイさんが言うには、ちょうど今、定期点検で工場設備が止まっているので、設
備の詳細を見せることができるという事で、急遽私達は設備調査に入る事になり
ました。
(あー、ビールが遠のいて行く・・・)
会議室に通された私達は、工場に入るため、スーツから持参した作業服へと着替
えました。荷物がエジプトへ一人旅しているベンガルさんは仕方なく、お客さん
の作業服を借りました。
ゴリさんと私は自分の作業服なので、当然サイズはぴったり。それに引き換え、
ベンガルさんの姿はまるで、「おてもやん」です。身長180センチのベンガル
さんに合う作業服が無かった様で、ズボンも上着もつんつるてん。
「これ、変じゃないですか?」とベンガルさん。
こみ上げる笑いを必死で押さえ、「まぁ、似合ってますよ。」と言うのがやっと
でした。バスローブでレストランに入るよりは自然です。
ここで、今回の仕事について、ちょっと説明しておきましょう。
インドにあるこの工場は、ある製品を作っています。その製品を作る設備はすべ
て人の手でコントロールされており、ロイさんの様な職人が何人もいて微妙な調
整を日々行っています。ロイさん達エキスパートの老齢化が深刻で、コンピュー
ター制御によるオートメーション化が必要になりました。そこで、私とゴリさん
の出番です。コンピュータシステムを設計・製作し、工場設備に繋げてオートメ
ーション化するのが私達の仕事です。システムエンジニアという職種になります。
さて、着替えを終えた私達一行は、工場設備のエキスパート、ロイさんの案内で
工場へと向かいました。ここに来る前に設備の図面を貰っていたので、どこにモ
ーターやセンサーが付いているかという事は把握していましたが、どのように設
置されているかという情報は図面からは読み取れません。モーターやセンサーを
コントロールするためには、そこに制御装置を取り付ける必要があります。そこ
で、設置スペースがちゃんと確保できるかどうかというのが懸念事項となる訳です。
どどーん。
目の前に鎮座している設備は、図面で想像していたものよりかなり大きな物でし
た。全長100メートル、高さ10メートルほどあります。そこに色々な配管、
バルブ、モーター等が取り付けられ、まるで、「ハウルの動く城」の様な様相を
呈していました。
ロイさんが設備の各箇所の説明をし、ベンガルさんがそれを的確に通訳します。
それを私がメモ。ゴリさんはというと、おもむろにポケットから「うつるんです」
を取り出し、写真をパチリ。デジカメなど無かった時代です。いや、あったのか
もしれませんが、まだ高くて一般的ではありませんでした。空港でゴリさんがい
つの間にか「うつるんです」を購入していたのです。
「百聞は一見に如かずだ。覚えとけ。」
自慢げに言うゴリさんでした。
赤ちゃん蛇にビビって車から転がり出たあなたの弱点、百聞は一見に如かずでし
た・・・ヒヒ。
設備の下側についているモーターの設置状況がどうも良く分かりません。下側に
は80センチぐらいの隙間があり、そこに潜り込めば何とか見れそうですが煤が
たまって相当汚い。「お前、行って写真とってこい。」ゴリさんから「うつるん
です」を渡されました。
(やっぱり、パシリは俺っすか・・・)
仕方なく、「うつるんです」を受け取り、中腰になって80センチの隙間から潜
り込みました。内部はまだ熱がこもっていて、多分40度を超える高温になって
いたと思います。暗い中を懐中電灯を片手に進んで行きました。汗があごから滴
り落ちます。中ほどに問題のモーターが見えて来ました。近づいてその設置箇所、
ボルトの位置、インバーターへ伸びる電線のルートを確認し、写真に収めて行きました。
一通りの作業を終え、戻ろうと少し腰を浮かせたその時、
「ゴツン」
(いってぇ〜。)
背中を強かに上の壁にぶつけてしまいました。なんとか汗まみれになりながら這
い出した私に、
「はい、ご苦労さん。今日のビールはうまいぞ。」とゴリさん。
その一言で、すっかり心は今夜のビールへと飛んで行ってしまうのでした。
「背中に黒い十字架を背負ってますよ」とベンガルさん。
(え?)
自分で背中を見る事が出来ず、上着を脱いで確認すると、まあ見事な黒い十字架
がでかでかと描かれているではありませんか。背中を壁にぶつけた時、煤がちょ
作品名:ナマステ!~インド放浪記 作家名:ohmysky