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ナマステ!~インド放浪記

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突然、何の前触れも無く、ささーっと売り子さん達が居なくなりました。床を這
いつくばっていた乞食の子もいつの間にかいなくなりました。

「ゴゴゴ」
という音と共に列車のドアーが閉まり、ゆっくりと走り出しました。車内には何
の放送もなく、ジリジリとなる警報音もありませんでした。

(これは、油断すると、乗り過ごすなぁ。)

一人旅でなくて本当に良かったとつくづく思いました。改めて、車内を観察して
みます。シートは、ゴムのカバーが掛かった貧相なもので、昔の日本の乗り合い
バスのそれに似ています。片側3席掛けと通路を挟んで2席掛けになっています。
我々は3席掛けの1列を占有し、窓側が私(インドが初めてということで、景色
の良く見える窓側の席にベンガルさんが代わってくれました。)、中央がベンガ
ルさん、通路側がゴリさんという並びでした。

体の大きいゴリさんは、ベンガルさんに迷惑を掛けまいと、お尻を半分通路側に
はみ出して座っています。そんな事を、なにも言わずこっそりとやっているゴリ
さん。貴方って本当にやさしい人ですね。

列車の内装は、日本のローカル線の内装に近いものですが、つり革はありません。
一応、特等席ですので、一人一人ちゃんと座席が決まっているのです。通路を挟
んだ2席掛けのシートには、インド人の老夫婦が並んで座っていました。

列車が走り出した後、フリーの売り子さん達は居なくなりましたが、ワゴンを押
す、列車付きの売り子さんが、頻繁に行ったりきたりします。3時間半の長旅の
間、水分補給やスナックなど、本当に重宝しました。日本の新幹線でもこれほど
頻繁に来てくれればいいのにと思った次第です。

通路を挟んだインド人(と思われる)老夫婦が、なにやらこちらに話しかけて来
ました。明らかに英語ではありません。もちろん日本語であろうはずが無く、何
を言っているのか私にはさっぱり分かりませんでした。その老夫婦言う事を我々
3人は、しばし、じっと聞いていたのですが、突然ベンガルさんが自分の鞄から
なにやら取り出して、老夫婦が話す言葉と同じ言葉でペラペラと話し始めたので
す。あまりに流暢なその言葉に、老夫婦も安心したのか顔をほころばせ、世間話
の様な事を話はじめました。(内容は分かりませんが多分、「どこから来たの?
どこに行くの?」みたいな事だと思います。)

一連の話を終えた時、私はベンガルさんに聞きました。「ベンガルさん、すごい
ですね。それ、ヒンディー語ですか?」「いえいえ、ベンガル語です。この老夫
婦は、バングラデッシュ人で、嫁いだ娘夫婦の所に遊びに行く途中だそうですよ。
それで、時刻表を持っていたら何時に着くか教えて欲しいと言われたので、教え
てあげたんです。」

「でも、何でベンガル語なんてマニアックな言葉を話せるんですか?」

「実は私、海外青年協力隊で2年間バングラデッシュに居たんです。そこでベン
ガル語を覚えたんですよ。それから、ベンガル語はそんなにマニアックな言葉じ
ゃなくて、カルカッタでは殆どの人がベンガル語を話すし、インドでも結構通じ
る言葉なんです。」

私がつけたベンガルさんの仮称は、こういった経緯から来るものなのです。ベン
ガルさんは、もともと機械屋さんで、トラクターのエンジンを作っていたそうで
す。海外青年協力隊では農業指導のプロジェクトの中で、トラクターのメンテナ
ンス技術を教えていたとの事。老夫婦が住んでいるところは、ベンガルさんが滞
在していた町のすぐ近くだったそうです。

(なぁんだ、話せる人がこんなに近くにいるじゃん。それならわざわざ僕が来な
くても良かったんではないの?でも、せっかくだから、初めてのインドを満喫し
て帰ろう。)

すっかり肩の荷が降りた私は、ルンルン気分で一人、観光旅行モードへと突入し
て行ったのでした。その様子を横目で見ていたゴリさんが、ぼそっと言いました。

「おい、インドの打ち合わせを甘く見るなよ。」

そうなんです、今日のルンルンは列車内の約3時間半だけの限定的なものとなっ
てしまう事は、この時の私には知る由もありませんでした。

さあ、楽しいお昼の時間がやってきました。先ほどまで売り子さんをやっていた
男の人たちが、飛行機の機内食よろしく、車内食を配布し始めました。背もたれ
についているテーブルを倒し、いまや遅しと食事がくるのを待ちわびておりまし
た。我々のテーブルの上には、ガラムマサラという豚肉(?)のひき肉をベース
にしたカレーと、ナーン、タンドリーチキン、サラダ等がところ狭しと乗せられ
て行きました。

なんとも芳しいスパイシーな香り。否が応でも私のお腹は、「早く食わせろ」と
悲鳴を上げ続けるのでした。カレーの入った銀色の器に、ナーンを千切って浸し、
口に運びます。口の中には、フワーっとさまざまなスパイスの香りが広がり、そ
の後、独特の甘みが口の中に浸透し、ひき肉の出汁の旨みがオリーブオイルとガ
ーリックをつけて香ばしく焼かれたナーンの風味と共に絶妙なハーモニーを奏で
るのでした。そんなフルオーケストラの演奏もクライマックスを迎えた頃、
「ドドドドドド」とティンパニーが連打をはじめ、「バイーン」とシンバルが口
の中で炸裂したのでした。

か、辛ーーーーーーーーーーーい!!

エアインディアの機内食の数倍の辛さです。顔から滝の様な汗を流し、のた打ち
回る私をしばらく眺めた後、ゴリさんがポツリと言いました。

「ラッシーを飲め。」

(ん? ラッシー? 名犬ラッシー?)
辛さに意識朦朧となりながら、何の事だか分からずにいると、ゴリさんは自分の
テーブルの上にある白い飲み物を飲んで見せました。

(これが、ラッシー? なんだか分からないけどとりあえず飲もう。)

「ゴクゴクゴク」

不思議な事に、先程まで口の中で暴れ狂っていたハバネロ将軍がスーッと居なく
なるのでした。味はヨーグルトの様な、ちょっと酸味のあるすっきりした味です。

「辛い時にはラッシーを飲め。覚えとけ。」

(・・・だから、先に言えよ。)

その後はラッシーをお代わりしながら、おいしい昼食を味わっておりました。ふ
と、通路を挟んだ隣の老夫婦を見ると、彼らは車内食を食べておらず、自分で持
ってきたお弁当を食べておりました。お弁当といっても、日本の様にお弁当箱に
ご飯が入っているというようなものではなく、アルミホイルにお米、野菜のカレ
ー炒めのようなもの、チキン、ちょっと表現できないようなものを包んで持って
きて手で食べていました。まぁそれはそれでおいしそうです。

ベンガルさんが言うには、特等席でも食事付きと食事なしを選ぶことが出来て、
食事なしだと結構安いとの事でした。食事が終わった後、その老夫婦がアルミホ
イルの包みを持って、ベンガルさんになにやら話しかけました。ベンガルさんが
うなずくと、アルミホイルから手づかみでなにやらつまみ、ゴリさん、ベンガル
さん、私の食べ終わったお皿に1つずつ置いていきました。

ベンガルさんが、「ナマステー」と両手を合わせたので、私とゴリさんも真似を
して、「ナマステー」と手を合わせませました。これが、私の初「ナマステ」と