君にこの声がとどくように
王都エルセントの南西には、いくつかの村が点在している。
その村のうちの最も西に存在する村を、三人の男が歩いていた。正確には存在していた村の跡を、ということになるのだが。
この村は蛮族と呼ばれる異民族との戦場となり、廃墟となった。
事の発端は、たった一つの噂話。
『蛮族の村には、黄金の秘宝が眠っている』という噂だった。
欲に支配された貴族の私兵や探究心に駆られた探検家たちは、我先にと点在する蛮族の村を襲い、次々に焼き払っていった。当然、蛮族も反撃を開始し、拠点となっていた村を強襲。報復が報復を呼び、ついには全面戦争が勃発。
そうして事態が大きくなり、財宝の独り占めが不可能となった途端、貴族たちは戦争反対を掲げ、決着の付かぬままお互いに大きな傷を残し、戦争は七日目にして終結を見た。
後に七日間戦争と呼ばれるようになる、貴族の欲によって引き起こされ、貴族の面目によって終結した戦争である。
* * *
三人とも重厚な鎧を身に付け、首にはロザリオを付けている。
エルセント聖教会に所属する聖騎士たちだった。
「こりゃあ、想像以上にひでえなぁ」
右目に掛かる薄い紫の髪をかき上げ、聖騎士の一人が焼け落ちた家を前にしてぼやく。
辺りには、まだ村人やエルセント軍の兵士や、傭兵として参加した探検家の遺体と、蛮族の戦士たちの遺体が散乱しているままだった。
「今回の戦争では、いろいろと『こっち』側に波紋を呼びそうだな」
背後から、鼻に小さな眼鏡を乗せた黒い短髪の男が声を掛けた。
「んだな、裏で足の引っ張り合いがおっぱじまってるだろうぜ。ジジイも忙しくなんじゃねえの?」
二人の聖騎士は、困ったような笑いを浮かべてお互いを見合った。
「キース、ソロン、これを見てくれ」
苦笑して見合っていた二人は、自分たちを呼ぶ声に我に返る。
「クオン、何か見つけたのか?」
二人は慌てて自分たちを呼んだ青い髪の男の元へと駆け寄った。
静かに降る雨の中、ガチャガチャという鎧の立てる音が辺りに溶け込んでゆく。
「この遺体を見てくれ」
クオンが指差す先には、頭の潰れた遺体があった。飛び散った血はすでに黒に変色している。
「これが何か?」
ソロンは十字をきり、短い祈りを捧げる。
「頭を握り潰されているだろう?」とクオン。
「相手が蛮族ならおかしいことじゃねえだろ」
キースが即答する。
蛮族と呼ばれる民族は、エルセント人に比べ体格が大きく、怪力で知られている。独自の言語と文化を持ち、普段は密林の奥でひっそりと暮らしており、外に出てくることはないのだが、自分たちのテリトリーに侵入してきた者に対しては、非常に好戦的となる。
最も強い戦士が村の長となり、他の戦士たちを束ねる。
平均身長は二メートル強で、草木をすり潰した塗料で身体を緑色に染めている。文明レベルではエルセント人に比べかなり遅れているといえる。
「では、次はあっちを見てくれ」
クオンが指差した先には、二つの蛮族戦士の遺体が並んでいた。
一つは体の真ん中、胸と腹の中間地点に大きな穴が開いており、その後方には、臓器などの内容物と思わしきものが散乱していて、野鳥がそれをついばみに集まっている。
もう一つは、先程の遺体と同じように、頭が潰れていた。
「木杭で打ち抜いたとか、丸太で叩き潰したとかじゃないのか?」
ソロンは目を背けながら言う。
とても直視に耐えるものではなかった。
「相当な勢いがなければ、こうはならない。それにこっちの方は、叩き潰した跡じゃなく、握りつぶした跡のように見えるんだ」
「言われてみればそうとも見えるが、それがどうした?」
キースは顔をしかめながら三つの遺体を比べるように見やった。
「エルセント人も蛮族も敵とみなしている『第三者』に襲われたのではないだろうか?」
クオンが一つの可能性を口にする。
「ジジイが言ってた『化け物』ってヤツか?」
「キース、それを確認するのが我らの任務なんだぞ。それと大司教様をジジイと呼ぶのはやめろと何度も注意したはずだぞ」
ソロンは鼻に乗せた眼鏡をくいっと指で押し上げる。
叱責されたキースはどこ吹く風といった様子だ。
ソロンの目の前には蛮族戦士の斧があった。それは刃の部分が半分以上砕かれていた。
「確かに『想像を超えた怪力をもつ何者か』が、ここにいたのは間違いないようだ。大司教様の仰られていた悪魔召喚の儀式とも関係しているのかもしれない」
ソロンの言葉に二人の聖騎士は無言で頷く。
「このまま野晒しにはしておけない。一旦、街に戻ろう。急げば今日中に遺体の回収が可能なはずだ」
三人のリーダーであるクオンはそう結論付け、指示を出す。
キースとソロンに異論などあるはずはなく、二人は村の入り口に置いてきた馬車へと足を向けた。
「待ってくれ、まだ息がある!」
クオンが生存者を見つけ、二人を呼び止めた。
「本当か! すぐに馬を連れてくる」
キースは酷くなってきた雨の中を、村の入り口へと姿を消した。
「ひどい熱だ。クオン、これを。解熱剤の代わりにはなるだろう」
ソロンはザックから薬を取り出し、クオンに手渡した。
「大丈夫か!? しっかりしろ!!」
クオンは生存者の少年を抱え立ち上がった。
「俺が絶対に助けてやるからな!!」
* * *
聖騎士ニアライト・クオン。
ニアライト家の末弟(七男)。
前当主(現当主は長男が務めている)が一夜の遊びで孕ませたただ一人の子供で、兄姉を含めた一族から身内と思われていない。
そのことをよく分かっていたクオンは、権力とは関係の薄い教会の門を叩き、聖騎士の一員となったのだ。
聖騎士に就任した夜には形ばかりの祝賀会が開かれたのだが、その席で兄である現当主はこう言った。
『一族の名を辱めぬように、一刻も早く名誉ある死を』
つまり、『お前の存在自体が一族の恥なのだから、早く戦死して家の名をあげてくれ』ということだ。
前当主である父は、もはや何の発言権も持たず、完全に隠居の身になっている。息子の横暴を咎めることさえもできなくなっているのだ。
祝賀会の主役であるはずのクオンが会場の外に出ても、誰も意に止める者はいなかった。会場内では、金と権力の話が延々と繰り返されているだけなのだ。
クオンがテラスで星を見上げていると、父がやって来て、たった一言だけ彼に告げた。
「よくやった」
それを聞いたクオンは、片膝を折り涙ながらに言った。
「身に余る光栄でございます」
その村のうちの最も西に存在する村を、三人の男が歩いていた。正確には存在していた村の跡を、ということになるのだが。
この村は蛮族と呼ばれる異民族との戦場となり、廃墟となった。
事の発端は、たった一つの噂話。
『蛮族の村には、黄金の秘宝が眠っている』という噂だった。
欲に支配された貴族の私兵や探究心に駆られた探検家たちは、我先にと点在する蛮族の村を襲い、次々に焼き払っていった。当然、蛮族も反撃を開始し、拠点となっていた村を強襲。報復が報復を呼び、ついには全面戦争が勃発。
そうして事態が大きくなり、財宝の独り占めが不可能となった途端、貴族たちは戦争反対を掲げ、決着の付かぬままお互いに大きな傷を残し、戦争は七日目にして終結を見た。
後に七日間戦争と呼ばれるようになる、貴族の欲によって引き起こされ、貴族の面目によって終結した戦争である。
* * *
三人とも重厚な鎧を身に付け、首にはロザリオを付けている。
エルセント聖教会に所属する聖騎士たちだった。
「こりゃあ、想像以上にひでえなぁ」
右目に掛かる薄い紫の髪をかき上げ、聖騎士の一人が焼け落ちた家を前にしてぼやく。
辺りには、まだ村人やエルセント軍の兵士や、傭兵として参加した探検家の遺体と、蛮族の戦士たちの遺体が散乱しているままだった。
「今回の戦争では、いろいろと『こっち』側に波紋を呼びそうだな」
背後から、鼻に小さな眼鏡を乗せた黒い短髪の男が声を掛けた。
「んだな、裏で足の引っ張り合いがおっぱじまってるだろうぜ。ジジイも忙しくなんじゃねえの?」
二人の聖騎士は、困ったような笑いを浮かべてお互いを見合った。
「キース、ソロン、これを見てくれ」
苦笑して見合っていた二人は、自分たちを呼ぶ声に我に返る。
「クオン、何か見つけたのか?」
二人は慌てて自分たちを呼んだ青い髪の男の元へと駆け寄った。
静かに降る雨の中、ガチャガチャという鎧の立てる音が辺りに溶け込んでゆく。
「この遺体を見てくれ」
クオンが指差す先には、頭の潰れた遺体があった。飛び散った血はすでに黒に変色している。
「これが何か?」
ソロンは十字をきり、短い祈りを捧げる。
「頭を握り潰されているだろう?」とクオン。
「相手が蛮族ならおかしいことじゃねえだろ」
キースが即答する。
蛮族と呼ばれる民族は、エルセント人に比べ体格が大きく、怪力で知られている。独自の言語と文化を持ち、普段は密林の奥でひっそりと暮らしており、外に出てくることはないのだが、自分たちのテリトリーに侵入してきた者に対しては、非常に好戦的となる。
最も強い戦士が村の長となり、他の戦士たちを束ねる。
平均身長は二メートル強で、草木をすり潰した塗料で身体を緑色に染めている。文明レベルではエルセント人に比べかなり遅れているといえる。
「では、次はあっちを見てくれ」
クオンが指差した先には、二つの蛮族戦士の遺体が並んでいた。
一つは体の真ん中、胸と腹の中間地点に大きな穴が開いており、その後方には、臓器などの内容物と思わしきものが散乱していて、野鳥がそれをついばみに集まっている。
もう一つは、先程の遺体と同じように、頭が潰れていた。
「木杭で打ち抜いたとか、丸太で叩き潰したとかじゃないのか?」
ソロンは目を背けながら言う。
とても直視に耐えるものではなかった。
「相当な勢いがなければ、こうはならない。それにこっちの方は、叩き潰した跡じゃなく、握りつぶした跡のように見えるんだ」
「言われてみればそうとも見えるが、それがどうした?」
キースは顔をしかめながら三つの遺体を比べるように見やった。
「エルセント人も蛮族も敵とみなしている『第三者』に襲われたのではないだろうか?」
クオンが一つの可能性を口にする。
「ジジイが言ってた『化け物』ってヤツか?」
「キース、それを確認するのが我らの任務なんだぞ。それと大司教様をジジイと呼ぶのはやめろと何度も注意したはずだぞ」
ソロンは鼻に乗せた眼鏡をくいっと指で押し上げる。
叱責されたキースはどこ吹く風といった様子だ。
ソロンの目の前には蛮族戦士の斧があった。それは刃の部分が半分以上砕かれていた。
「確かに『想像を超えた怪力をもつ何者か』が、ここにいたのは間違いないようだ。大司教様の仰られていた悪魔召喚の儀式とも関係しているのかもしれない」
ソロンの言葉に二人の聖騎士は無言で頷く。
「このまま野晒しにはしておけない。一旦、街に戻ろう。急げば今日中に遺体の回収が可能なはずだ」
三人のリーダーであるクオンはそう結論付け、指示を出す。
キースとソロンに異論などあるはずはなく、二人は村の入り口に置いてきた馬車へと足を向けた。
「待ってくれ、まだ息がある!」
クオンが生存者を見つけ、二人を呼び止めた。
「本当か! すぐに馬を連れてくる」
キースは酷くなってきた雨の中を、村の入り口へと姿を消した。
「ひどい熱だ。クオン、これを。解熱剤の代わりにはなるだろう」
ソロンはザックから薬を取り出し、クオンに手渡した。
「大丈夫か!? しっかりしろ!!」
クオンは生存者の少年を抱え立ち上がった。
「俺が絶対に助けてやるからな!!」
* * *
聖騎士ニアライト・クオン。
ニアライト家の末弟(七男)。
前当主(現当主は長男が務めている)が一夜の遊びで孕ませたただ一人の子供で、兄姉を含めた一族から身内と思われていない。
そのことをよく分かっていたクオンは、権力とは関係の薄い教会の門を叩き、聖騎士の一員となったのだ。
聖騎士に就任した夜には形ばかりの祝賀会が開かれたのだが、その席で兄である現当主はこう言った。
『一族の名を辱めぬように、一刻も早く名誉ある死を』
つまり、『お前の存在自体が一族の恥なのだから、早く戦死して家の名をあげてくれ』ということだ。
前当主である父は、もはや何の発言権も持たず、完全に隠居の身になっている。息子の横暴を咎めることさえもできなくなっているのだ。
祝賀会の主役であるはずのクオンが会場の外に出ても、誰も意に止める者はいなかった。会場内では、金と権力の話が延々と繰り返されているだけなのだ。
クオンがテラスで星を見上げていると、父がやって来て、たった一言だけ彼に告げた。
「よくやった」
それを聞いたクオンは、片膝を折り涙ながらに言った。
「身に余る光栄でございます」
作品名:君にこの声がとどくように 作家名:村崎右近