Holiday Date
何処か落ち着ける場所をと思い、先刻の逆ナンガールズの提案に便乗して二人でカラオケボックスに入った。大正としては学生の頃に来たきりで、実に数年ぶりだった為か色々と機能が変わっていて新鮮だった。
だからと言って何を歌うでもなく、室内には隣の部屋で熱唱している男声が洩れ聞こえて来るのみだ。
「一紗さん」
声を掛ければ、先ほどからドリンクメニューを一身に見つめていた弥生の面立ちが持ち上がる。
「何か今日、俺に気ぃ遣ってません?」
ずっと感じていた違和感だった。不自然に視線を逸らされて、やはりと確信する。
デートと言う割りにいつもは身に着けないだろう男性用の服を着てみたり、恋愛映画を避けたり、極めつけはファストフード店での出来事だ。二人でいて逆ナンされると言う事は、周囲の目には今日の彼らが恋人同士である様に映らないと言う事。デート中には見えないと言う事に他ならない。
二人でいる姿を見た赤の他人からの好奇の目――弥生自身は日常的に慣れっこな筈の視線を、大正に向けさせない為の配慮のつもりではなかろうか。先程店を出ようと言ったのも弥生だった。
「それとも、俺と一緒にいるのが恥ずかしい?」
「そんな訳ない!」
弾かれた様に声が上がる。弥生が躰ごとこちらを向いて再度同じ台詞を吐いた。
「そんな訳ないでしょう。好きな人と一緒にいてその相手を恥ずかしいだなんて思ったりしないわ」
「一紗さん」
「何よ」
「俺も同じですよ」
「え?」
弥生の表情に困惑の色が混ざる。握りしめて白くなった拳を、大正が包み込む様にして掌で覆った。
「前に言いましたよね、一紗さんが好きだって。その一紗さんと一緒にいて、俺が恥ずかしいと思う筈ないと思いません?」
「大ちゃん……」
「俺だって、ある程度覚悟決めてアンタといるんです」
第三者の視線が気にならないと言えば嘘になる。けれど、だからと言って弥生といて恥ずかしいなんて思った事は無いし、そもそも思う理由が無い。
「良いですか、一紗さん。普通で良いんです、普通で」
確かに弥生の?普通?は世間一般からすると多少ずれているのだろうが、言ってしまえばそんなのは個性の違いだ。
いつも通りで良いのだと、少しだけ力が抜けた手の甲を撫でる。骨張っていて大きく決して女性的ではないが、普段からケアを怠らない日々の努力が手触りで解った。
「無理する事無いんです。だってそんなの、一緒にいて疲れるだけだ。違いますか?」
諭す様に問い掛けて、弥生の顔を窺い見る。その瞳には透明な膜が溢れ出そうになっていた。
「――っ大ちゃん!」
「いぎ……ッ」
瞬間的に襲った圧迫感で呼吸が出来なくなる。弥生が馬鹿力だと忘れていた。口をパクパクさせて何とか酸素を得るが、苦しい事に変わりない。そして本気で背骨が折れそうだ。
「ごめんなさいっ! アタシ、初デートで嫌われたくなくて……っ」
「ぐっ、ぐるじ……ッ」
成仏まで五秒前……と言うところで大正の異変に気付いた弥生が、決壊した涙腺もそのままに慌てて腕の力を抜く。急激に肺に空気が送られて、当然の事ながら今度は噎せた。
「ごめんねっ、ごめんなさい」
「あーもう良いから、泣かんで下さいよ……」
もう何に対しての「ごめん」なのか良く解らなくなってきた。
「そんな事で嫌いになったりしませんよ」
暫くして呼吸が落ち着いてから、苦笑混じりにそう告げる。周囲の視線の所為で愛想尽かすくらいなら、最初から好きになったりしない。
「何も悪い事してる訳じゃないんだから、そんな心配いりません」
未だほろほろと頬を伝う弥生の涙を、少し気障だろうかと思いながら唇で拭った。――同時に感じる尻の違和感。
「って! ドサクサに紛れて人のケツ撫で回してんじゃねー!!」
END
作品名:Holiday Date 作家名:やまと蒼紫