キスキス・モー
エピローグ
――夢を見た。君の夢。
君はあの頃と何も変わらない。
ふくよかな白い体に艶のある黒をうかべ、まぁるい瞳で私を見つめる。
穏やかなその顔は、笑っているようにさえ見える。
君は私の手の甲に頬をすり寄せ、私がその体を抱き上げると、鼻先にそっとキスをする。
そして――
「タダイマ」
――玄関が開く音で目が覚めた。真っ先に目を向けたのは、四年前に泣きながら作った君のお墓。その名が彫られたプレートの下に、今も君は眠っている。
夢の中での久しい再会。思わぬ懐旧の余韻にひたっていると、四歳になった息子が私の顔を覗き込んできた。
「ママ?」
「ん、帰ったのね。おかえり」
さっきの声は、この子のものだったのだろうか?
あとから夫が顔を出す。両手には新しいおもちゃの箱。二人で買い物に出掛けていたのだ。
息子を抱えようと手を伸ばしたとき、そのうしろに何かを隠していることに気付いた。
「?」
「あっ、ママ、あのね、んとね……」
遠慮がちに差し出された小さな両腕の中には、白黒模様の子猫がいた。
夫は息子のうしろにかがみこむと、さっき拾ったんだよな、と言って頭に手をのせた。言葉につまる私を、息子も子猫も無垢な瞳でじっと見つめる。
「かってもいーい?」
目から涙ばかりが溢れ出て、息子の問いかけに答えることができない。だってその子猫は、幼い頃の君そのものだったから。
口元を押さえたまま、首だけを何度も縦に振る。
「ママ?どうして泣くの?」
心配する息子を、子猫ごと胸に抱き締める。……強く、強く。
「何でもないのよ。……ねぇ、このコの名前、ママがつけてもいい?」
庭には眩しいほどの光が差し込み、緑の生垣が深い影をおとす。その下の君が眠る場所から、またあの声を聞いた気がした。
あとでちゃんと応えなきゃ。眠っている君に。――そして目の前にいる、小さな君に。あのとき言いそびれた、二人だけの合言葉とともに。
「ママが?いいよぉ、なんてなまえ?」
「ふふ、それはね――」
キスキス・モー ――完――