監視者
「どうだい、彼らの様子は」あご髭をたくわえた男は部屋に入るなり眼鏡をかけた細面の男に声をかけた。
「局長、おはようございます。最近の進歩はすごいですよ。見ているだけで楽しくなってきますね」
あご髭をたくわえた男、局長は「ほう」と言いながらそばにある椅子を引いてきて、眼鏡をかけた細面の男の横に座り込んだ。
「どんな進歩があったんだい」
「金曜にすべてのレポートに目を通してまとめておきますから、週明けに報告書をお送りしますよ」
「そう言わずに教えてくれよ。せっかくここに来たんだから」
まったく暇な人だ、と思いつつ眼鏡をかけた細面の男は「では、コーヒーでも淹れてきますから」と立ち上がった。
人類が宇宙に進出してから約三百年の時が経ち、開拓の手はすでに銀河系の外にまで及んでいた。外宇宙開発局の主な役割は、その銀河系外にある天体の調査、開発で、いくつかの環境のいい星は人類の入植用に準備が進められていた。そういった星を外宇宙の調査や研究の足場とする目的もあり、外宇宙開発局はこれからの宇宙開発の要とも言われていたのだが、実際の宇宙開発の舞台では銀河系内、それも地球に近い天体の開発ばかりが注目されていた。
あご髭の男はその外宇宙開発局の局長であり、眼鏡をかけた細面の男はある惑星の開発責任者で、局長には主任と呼ばれていた。この主任が担当する惑星の開発にはひとつの特徴があり、局長はそれに大きな興味を抱いていた。その特徴とは開発に人の手を必要としないことであり、ロボットたちによる無人の開発が進められていたのだった。
「前回の報告からですと……、局長がご存知ないのはここ五十年ほどのことですね」と主任はコンピュータの画面を見ながら言った。
五十年、とはその惑星における五十年であり、地球の時間では三週間ほどのことだった。惑星の開発に関する情報は、ロボットたちから随時外宇宙開発局に送られてきており、主任以下数十名がその情報を監視していた。
「まず、最も特徴的でおもしろいことはこれでしょう」
主任が手元のコンソールを操作すると、局長が手に持っている携帯端末の画面に資料が映し出された。
「食事だって。彼らが食事をするようになった、というのかい」局長は画面に映った資料の上部にあるタイトルを見て驚いた。
「ええ、そうです。おろしろいですよ。映像を送ります」
主任がコンソールに表示されているアイコンを指で弾くと、今度は局長の携帯端末に映像が流れ始めた。それは数台のロボットたちがスプーンを使って茶色や黒の塊を口に運んでいる姿が映ったものだった。
「ハハハ、これは愉快だな。ロボットが口から物を食べているぞ。食べているのは何だい」
「星の土ですよ。岩石を食べることも建材の余りの金属を食べることもありますよ。今のところ何でも食べますね」
「なるほどな。彼らは家族を作ったり余暇を楽しんだりと、これまでもおもしろかったが、ついに食事を始めたか。やはり我々人間の生活に関する知識を持っているからなのかね。それを模しているのだろうな。それにしたって、彼らは恒星からの光エネルギーで動いているのだろう。食事の必要があるのかい」
「ほとんどは排泄されますが、彼らは独自におもしろい機能を作っていまして……、ここです」と主任は局長の持つ携帯端末上に表示されている資料の一節を指した。
「これは……、自己修復機能、かな」局長はその一節を数十秒見つめてから呟いた。
「ええ。摂取した物質を分析して必要なものを取り出し、それを用いて摩耗箇所などの修復を行うのです。もちろん摩耗箇所だけではありません。人間の骨が折れてもまた接合するように、体の各部の様々な破損を修復するようですね」
「そいつはすごいな。すると今までのようにロボットたちが互いに互いの体をメンテナンスすることも少なくなるのだろうな。あの姿は滑稽で好きだったのだが」と言ってからコーヒーをひと口飲んで局長は言葉を続けた。「そのうち酒でも飲みだすかもしれんな。ハハハ」
「酒ではありませんが、海水を飲みますよ」
「海水を飲んでも大丈夫なのかい」
「ええ、海水も同じように不要なものは排泄していますから」
「ほう、どんどん人間に近づいているようだね。まさか開発のために植えている木々も食べてしまわないだろうな」
「それは大丈夫です。報告によると食べた者もいるようですが、すぐにこちらで対処しましたから」
「なるほど。他にはどうだい」
「学校のようなものを作りました」
「学校だって。彼らは知識を共有できるのだろう。必要なのかい」
「あまり必要だとは思いませんがね。彼らには彼らの主義主張があるようで、今は体験を重視しているようです。これをご覧ください」と主任はまた手元のコンソールを操作した。
「ご存知のように彼らは仲間、主に自分のこどもを自ら作ります。こどもたちには当然自分たちの持つ知識を共有させるはずなのですが、それを故意に不十分にしているようなのです」
「おいおい、そんなことで大丈夫かい。開発はしっかりやってくれているのだろうな」
「今のところは問題ありません。むしろ開発のペースが予想より早いくらいですので心配は不要です。なので我々も黙って見ているのです」
「ほう」と局長は携帯端末を操作してデータを見始めた。
「体験型学習、といったところかな」
「そうですね。他の仲間、大人たちが作業する現場で、講義をした上で作業の体験をさせたり、我々の研究目的で飼育させている動物たちと触れ合わせたり、いろいろとやっています」
「おもしろいものだ。少し不安な気もするが、まあ、この星を我々人類が使うかどうかもわからないのだし、放っておいてもいいのだろうね」
「ええ、わたしはそう思っていますよ。コーヒーはお飲みになりますか」と言って主任は自分のカップを持って立ち上がりながら、カップを持っていない方の手を局長に差し出した。
局長は礼を言って自分のカップを主任に渡すと、また携帯端末に目をやった。
主任が両手にコーヒーカップを持って戻ると、彼が椅子に座る前に局長が話しかけた。「なあ、主任。これはなんだい」
「ああ、宗教のようなものですかね。彼らもいろいろと考えるものです」
「宗教か。どちらかと言うと宗教とは反対のもののようにも思えるがね。要するに、神はいない、ということだろう」
「ええ、その通りです。思想グループ、といったところでしょうか」
「我々は我々の生活を楽しむ権利がある……か。おもしろいじゃないか」
「かつては、いずれ人類が住めるように星を開発することが彼らの唯一の行動目的だったのですが、今は違っていまして。以前の報告に、余暇にスポーツなどを楽しむようになった、とありましたが、あれの延長ですよ。彼らなりの理屈で娯楽を楽しむようになったのです」
「そのために神、すなわち我々管理者の存在を遠くに置いてしまったわけか」
「そうです。我々の星は管理者の手を離れた。管理者のために生きている必要はない。我々は我々の星を我々のために開発し、豊かに、楽しく暮らしていこうじゃないか。こんなところですかね」
「おもしろいものだね。開発を止めてしまうようなことにはならないのかい」
「局長、おはようございます。最近の進歩はすごいですよ。見ているだけで楽しくなってきますね」
あご髭をたくわえた男、局長は「ほう」と言いながらそばにある椅子を引いてきて、眼鏡をかけた細面の男の横に座り込んだ。
「どんな進歩があったんだい」
「金曜にすべてのレポートに目を通してまとめておきますから、週明けに報告書をお送りしますよ」
「そう言わずに教えてくれよ。せっかくここに来たんだから」
まったく暇な人だ、と思いつつ眼鏡をかけた細面の男は「では、コーヒーでも淹れてきますから」と立ち上がった。
人類が宇宙に進出してから約三百年の時が経ち、開拓の手はすでに銀河系の外にまで及んでいた。外宇宙開発局の主な役割は、その銀河系外にある天体の調査、開発で、いくつかの環境のいい星は人類の入植用に準備が進められていた。そういった星を外宇宙の調査や研究の足場とする目的もあり、外宇宙開発局はこれからの宇宙開発の要とも言われていたのだが、実際の宇宙開発の舞台では銀河系内、それも地球に近い天体の開発ばかりが注目されていた。
あご髭の男はその外宇宙開発局の局長であり、眼鏡をかけた細面の男はある惑星の開発責任者で、局長には主任と呼ばれていた。この主任が担当する惑星の開発にはひとつの特徴があり、局長はそれに大きな興味を抱いていた。その特徴とは開発に人の手を必要としないことであり、ロボットたちによる無人の開発が進められていたのだった。
「前回の報告からですと……、局長がご存知ないのはここ五十年ほどのことですね」と主任はコンピュータの画面を見ながら言った。
五十年、とはその惑星における五十年であり、地球の時間では三週間ほどのことだった。惑星の開発に関する情報は、ロボットたちから随時外宇宙開発局に送られてきており、主任以下数十名がその情報を監視していた。
「まず、最も特徴的でおもしろいことはこれでしょう」
主任が手元のコンソールを操作すると、局長が手に持っている携帯端末の画面に資料が映し出された。
「食事だって。彼らが食事をするようになった、というのかい」局長は画面に映った資料の上部にあるタイトルを見て驚いた。
「ええ、そうです。おろしろいですよ。映像を送ります」
主任がコンソールに表示されているアイコンを指で弾くと、今度は局長の携帯端末に映像が流れ始めた。それは数台のロボットたちがスプーンを使って茶色や黒の塊を口に運んでいる姿が映ったものだった。
「ハハハ、これは愉快だな。ロボットが口から物を食べているぞ。食べているのは何だい」
「星の土ですよ。岩石を食べることも建材の余りの金属を食べることもありますよ。今のところ何でも食べますね」
「なるほどな。彼らは家族を作ったり余暇を楽しんだりと、これまでもおもしろかったが、ついに食事を始めたか。やはり我々人間の生活に関する知識を持っているからなのかね。それを模しているのだろうな。それにしたって、彼らは恒星からの光エネルギーで動いているのだろう。食事の必要があるのかい」
「ほとんどは排泄されますが、彼らは独自におもしろい機能を作っていまして……、ここです」と主任は局長の持つ携帯端末上に表示されている資料の一節を指した。
「これは……、自己修復機能、かな」局長はその一節を数十秒見つめてから呟いた。
「ええ。摂取した物質を分析して必要なものを取り出し、それを用いて摩耗箇所などの修復を行うのです。もちろん摩耗箇所だけではありません。人間の骨が折れてもまた接合するように、体の各部の様々な破損を修復するようですね」
「そいつはすごいな。すると今までのようにロボットたちが互いに互いの体をメンテナンスすることも少なくなるのだろうな。あの姿は滑稽で好きだったのだが」と言ってからコーヒーをひと口飲んで局長は言葉を続けた。「そのうち酒でも飲みだすかもしれんな。ハハハ」
「酒ではありませんが、海水を飲みますよ」
「海水を飲んでも大丈夫なのかい」
「ええ、海水も同じように不要なものは排泄していますから」
「ほう、どんどん人間に近づいているようだね。まさか開発のために植えている木々も食べてしまわないだろうな」
「それは大丈夫です。報告によると食べた者もいるようですが、すぐにこちらで対処しましたから」
「なるほど。他にはどうだい」
「学校のようなものを作りました」
「学校だって。彼らは知識を共有できるのだろう。必要なのかい」
「あまり必要だとは思いませんがね。彼らには彼らの主義主張があるようで、今は体験を重視しているようです。これをご覧ください」と主任はまた手元のコンソールを操作した。
「ご存知のように彼らは仲間、主に自分のこどもを自ら作ります。こどもたちには当然自分たちの持つ知識を共有させるはずなのですが、それを故意に不十分にしているようなのです」
「おいおい、そんなことで大丈夫かい。開発はしっかりやってくれているのだろうな」
「今のところは問題ありません。むしろ開発のペースが予想より早いくらいですので心配は不要です。なので我々も黙って見ているのです」
「ほう」と局長は携帯端末を操作してデータを見始めた。
「体験型学習、といったところかな」
「そうですね。他の仲間、大人たちが作業する現場で、講義をした上で作業の体験をさせたり、我々の研究目的で飼育させている動物たちと触れ合わせたり、いろいろとやっています」
「おもしろいものだ。少し不安な気もするが、まあ、この星を我々人類が使うかどうかもわからないのだし、放っておいてもいいのだろうね」
「ええ、わたしはそう思っていますよ。コーヒーはお飲みになりますか」と言って主任は自分のカップを持って立ち上がりながら、カップを持っていない方の手を局長に差し出した。
局長は礼を言って自分のカップを主任に渡すと、また携帯端末に目をやった。
主任が両手にコーヒーカップを持って戻ると、彼が椅子に座る前に局長が話しかけた。「なあ、主任。これはなんだい」
「ああ、宗教のようなものですかね。彼らもいろいろと考えるものです」
「宗教か。どちらかと言うと宗教とは反対のもののようにも思えるがね。要するに、神はいない、ということだろう」
「ええ、その通りです。思想グループ、といったところでしょうか」
「我々は我々の生活を楽しむ権利がある……か。おもしろいじゃないか」
「かつては、いずれ人類が住めるように星を開発することが彼らの唯一の行動目的だったのですが、今は違っていまして。以前の報告に、余暇にスポーツなどを楽しむようになった、とありましたが、あれの延長ですよ。彼らなりの理屈で娯楽を楽しむようになったのです」
「そのために神、すなわち我々管理者の存在を遠くに置いてしまったわけか」
「そうです。我々の星は管理者の手を離れた。管理者のために生きている必要はない。我々は我々の星を我々のために開発し、豊かに、楽しく暮らしていこうじゃないか。こんなところですかね」
「おもしろいものだね。開発を止めてしまうようなことにはならないのかい」