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宙ぶらりん

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 大学の講義は本当につまらないものだ。入学して初めての授業を受けてすぐに抱いたこの印象は、それから8カ月キャンパスライフを送った今でも全く変わっていない。大体に効率が悪い。教科書を20分も読めば理解できるような内容を、1時間半もの時間をかけて教授がだらだらと話す。大学教授という人種の大半は、物事をまわりくどく話すことに対して快感を覚えるのだと、そういう認識を持ってまず間違いないだろう。学生にしてみればまさに時間の無駄というものである。日本中の大学生がこのような無駄な時間を毎日過ごすことによって、世の中からどれほどの効用が失われているのだろうか。社会全体の幸せ度合というものをどのようにして定量化すればいいのかは分からないが、その損失はきっと果てしなく大きな値になることは間違いなく、もしバケツプリンに換算するなら億単位の数のブリキバケツが必要になること請け合いだろう。
 せめて、僕の心に巣食うモヤモヤとした気持ちを、一時でも紛らわせてくれるほどには、面白い授業をしてほしいものである。

 そんなことを考えていたら1限目の授業が終わった。
 休み時間、僕は2限目の講義が行われる教室に移動し、教室の後ろの方の、窓際の席に座る。まだ自分を含めて学生は3人ほどしか来ていない。僕は窓の外に視線をやった。11月も終わりに近付いて、木々には紅葉が色付き、眼下の歩道はその面積の半分ほどを暖色系の落ち葉に覆われている。歩道を挟んだグラウンドではサッカーサークルの練習が行われていた。9のナンバーを付けたフォワードが足でボールをこねくり回して2,3人ほどの選手を交わし、絶妙なタイミングでシュートを放つ。ボールは惜しくもゴールの左枠に直撃して、トリッキーな方向に飛んでいった。その様子を見て、関係の無い僕も少し項垂れる。
「よう、おはよう」
 窓外の情報を受動的に吸収していた僕の後頭部に声が降りかかった。それが自分に向けられたものだとすぐには認識できず、ニュースの中継レポートによくあるような間を空けてから振り返った。小柄で、大きな里芋みたいな顔をした男が立っている。下田である。
「あぁ、下田、おはよ」
「なんだ、やけにニヒルな表情をしていたな」
「少し考え事をしていたんだ」
 下田は肩に提げていた鞄を机の上に置き、僕の隣の席に座った。ズボンのポケットからスマートフォンを取りだし、水膨れしたミミズみたいな人差指で画面をなぞりながら、僕に向かって更に話しかける。
「昨日の府知事選見たか」
「最近話題になってるやつ?」
「おい、最近って、昨日がその大阪府知事選と市長選の投票日だっただろ。見ていないのか?」
「見てないな。ちょっとそれどころじゃなかった」
 下田は眉根を寄せ、「呆れた」とも言いたげな眼差しで僕を見つめる。
「大阪府の知事と、大阪市の市長を選出する選挙が、同時に執行されたんだ。市長は前の府知事の橋本氏、ほら弁護士でよくテレビに出ている人な。そんで府知事には、橋本氏率いる『大阪維新の会』の幹事長が当選した。これがどういうことかわかるか?」
「大阪はこれからそのイシンの会に牛耳られていく、ってこと?」
「まぁそういうことだよ。これでいよいよ大阪都構想の実現が現実味を帯びてきたんだ。しかし、都構想を全面的に推進すべきかということについては、俺は少し懐疑的な立場を取っているんだが…」
 下田の弁舌が今の僕にとって全く心の琴線に触れない方向へと向かい始めたので、僕はそれを適当に受け流しながら、また感傷的な回想に浸り始めることにした。そしてその間、僕は視点を下田の二つ向こうに座っている細身の女の子の真っ赤な耳に集中させた。色白の女性の肌が何かにつけて赤くなる様子はとてもいじらしい。
「おい、ちゃんと聞いてるか?」
「すまん、途中から理解できなくなって、ちょっと別のこと考えてた、ごめんなさい」
「全く、本当に政治への興味が無いんだな。地方自治は民主主義の学校だって高校で習っただろう。まぁ、もういい。それよりもお前、なんかあったのか? お前は普段から空想癖が甚だしいけれども、今日はなんだかいつもと違うぞ。目に精気が無い。まるで虚無に飲み込まれたドイツ人画家ウィリアム・ウテルモーレンのようだ」
「いや、ちょっと昨日ショッキングなことがあったんだよ」
「なんだよ、何があったんだ。話してみろ」
 面倒だな、と思った。僕は自身の悩みをあまり人に話さない。建設的な解決策を一緒に考えてもらいたいときなどは別だが、ただモヤモヤとした状態で置いておくしかないような心の病について、他人に理解してもらえるように筋道立てて説明したり、それに対して真っ当な意見を言われたりするのが煩わしいのだ。特に下田のようなタイプの人間には極力話したくない。求めてもいないのにお節介なアドバイスを授けて下さるに決まっているからだ。
 しかし、つい先ほど下田のトコウソウに関する熱弁を袖にしてしまった後ろめたさもあり、僕はしかたなく重い口を開いて話し始めた。
「昨日見てしまったんだ」
「何を?」
「元カノ」
作品名:宙ぶらりん 作家名:おろち