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ただ書く人
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メリークリスマス

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その男の言葉と同時に再び呼び鈴の音が部屋に響いた。
 当然男は対応に出たくなかったが、音を聞いたロボットと魔女が同時に男を見たため、しかたなく玄関に向かっって歩き出した。男は何かおかしなものがいたら扉を開けないようにしよう、と今度は扉の覗き穴から外の様子をうかがった。しかし、そこには誰の姿もなく、アパートの通路だけが見えた。
 もう去ってしまったのかと思いながらも、男がそのまま外を見続けていると、また呼び鈴が鳴った。間違いなく男の部屋の呼び鈴の音だが、男が見ている扉の向こうには呼び鈴を鳴らした者の姿はない。いったいどういうことかと思い、確認しようと男が扉を開けると、足元に白いうさぎが座っていた。そしてうさぎは何も言わずに男の部屋に入っていった。
「うさぎちゃん、久しぶり」
「うさぎさんもお元気そうで」
ロボットと魔女はうさぎとも知り合いのようで、魔女はうさぎにビールを勧め始めていた。
 それは男が通っていた小学校でも飼われていたような普通のうさぎだった。それがどうして自分の家を訪問してくるのか。ロボットと魔女は何者でどこから来たのか。男はすっかり混乱してしまった。
 魔女に促されるままに男が食器棚から小さな皿を取り出してうさぎの前に置くと、魔女がそこにビールを注ぎ、うさぎは舌を出してそのビールを飲み始めた。
 そして再び呼び鈴の音。

 扉の向こうに立っていたのは河童だった。男に簡単な挨拶をして河童が居間に行くと、男の予想通り魔女とロボットの声がした。
「久しぶりね」「ご無沙汰です」「もう一度乾杯しよう」
いよいよ我慢ができず、男は居間に戻ると全員に向けて大きな声を出した。「おまえたちは誰だ。どこから来た。何が目的だ。金か」
「ぼくは河童です」と河童。
「ドイツからきましたあ」と魔女。
「ここで休むことが目的です」とロボット。
そしてうさぎがどこから取り出したのか、一万円札を五枚ほど口にくわえて男を見上げた。
「お金はちゃんと払うわよねえ」と魔女がうさぎを見ながら言った。
 男は少し混乱したが、彼らにここが休憩所か何かだと思われているらしいことがわかった。どうしてそう思われているのか、ひどい勘違いだが金を払うというのならそれでいいだろうと、金で納得してしまう自分を奇妙に思いながら、男は手に持ったままの缶ビールを飲み干した。
「この辺りはよく通りますから、休めるところができて安心しましたね」とロボットが河童に話しかけた。
「ええ、助かりますな」河童はいつの間にか焼酎を飲み始めていた。
「ちょっと狭いけどいいところよねえ」魔女がうさぎを抱えて歩きまわって書斎兼寝室の引き戸を開けた。「わあ、眠るところもあるじゃない」
「そこはおれの寝る場所だ」
「いっしょに寝ればいいじゃないの」
戸惑いながらも男が魔女の細身の体を品定めするように眺め出した時、また呼び鈴が鳴った。

 どうせおかしなやつだろう、と男が玄関の扉を開けると、今度は織田信長が立っていた。
「邪魔するぞ」
「信長ちゃん、早く座って」
「こうして焼酎にきゅうりを入れるとおいしいですよ」
「寒くなると体が冷えてしまって」
「わあ、冷たい」
「河童の皿に酒を注げ」
「ダメです。酔ってしまいます」
「殿、草履を温めておきます」
男はわけがわからなくなって、懐に草履とうさぎを放り込んだ。
「今日は宴会ね。ここは何時までいていいの」魔女が男に断りもなく冷蔵庫を開けながら言った。
「あまり騒がなければ何時まででもいいさ」
 そうしている間に何度も呼び鈴が鳴り響き、次々と何者かが男の部屋に入ってきていた。

玄関では河童が法被を着て訪問者の対応をしている。
信長がノートパソコンで株価を確認する。
魔女がキッチンで惚れ薬を作り始める。
うさぎが草履を食べ終わる。
仏陀がうさぎに腕を差し出し食べろと迫る。
プラトンがその腕を取って上に向けると、アリストテレスが逆の手を取り下に向ける。
カインがアベルに土下座する。
こたつの中で猫が鳴く。
天使がうさぎを抱いて祝福を与える。
男がきゅうりを飲んで焼酎を食べる。
ファウストがメフィストと演歌を歌う。
東方の三賢者が冷蔵庫から丸太を模したケーキを取り出す。
イエスがケーキをパンに変えてロボットのオイルをワインに変える。
酔っ払ったロボットの腕の付け根からブランデーが滲み出す。
スターリンがブランデーにジャムを混ぜて河童の皿に注ぎ込む。
魔女が惚れ薬に経血を混ぜて男の口に注ぎ込む。
天照大御神が窓の向こうから覗き込む。
怒鳴り込んできた隣人が沢村栄治から本塁打を打つ。
お菊が河童の皿を割ってヤマトタケルが草薙の剣で斬りかかる。
イエスがろうそくの炎を吹き消す。
ロボットが目を赤と緑に点滅させて「メリークリスマス」と叫ぶ。
作品名:メリークリスマス 作家名:ただ書く人