涙の味
それからしばらく経って、いよいよ夏も本番という頃、恵に宛ててひとつの荷物が届いた。それはラベルを剥がしたジュースのペットボトルで、中に少し濁ってはいるが透明の液体が詰められていた。そして無地のメモ用紙のようなものが一枚同梱されており、それにはこう書かれていた。
―― わたしの涙です。お料理に使ってください。 ――
恵はそれを見て、送り主の名前に覚えはないが以前夫の話していた女性社員であることを確信した。しかし、このことを夫である清水には話さず、メモを燃やして、ペットボトルは中に涙が入ったまま近くのコンビニエンスストアのゴミ箱に捨ててきた。
どうして清水に話さなかったのか。それは少しでも夫を疑わしく思ってしまったからであり、この女の存在を感じさせるものを近くに置いておくことができなかったからだった。また一方では、このような行為をする女を相手に騒ぎ立てるよりは、何も気にせず問題がないように振る舞っているほうがいいだろうとも考えていた。
しかし一週間後、再び同じ荷物が届いた。前回と違うのは、玄関でその荷物を受け取ったのが清水だということだった。清水は送り主の名前を見るとすぐに恵を呼んで箱を開けた。そこには、一週間で溜めたのか、それとも以前から溜めていたのか、前回と同じような容量の涙が入ったペットボトルと、前回と同じ文面のメモがあった。
それを見た清水は総毛立つのを感じつつ、恵に彼女と知り合いなのかを尋ねた。恵は彼女を知らないこと、一週間前にも同じものが届いたことを夫にいい、さめざめと泣き始めた。
「あなたはこの人の涙が好きなの。この人の涙も舐めたの。キスしたり抱いたりとは違うし、怒ったり泣いたりすることじゃないかもしれないけど……。わたしだって少しおかしいって思ったけど、あなたが好きだし、今はあなたに舐めてもらうのが好き。わたしは他の人に舐めてもらうことはないよ。本当はたまねぎを切っている時も映画を観ている時も涙を我慢できるけど、我慢しないようにしているの。そのほうがあなたが喜ぶと思うから。この人も我慢しないであなたに舐めてもらったの。わざと泣いたのかもしれないよ。それでもこの人の涙ならいいの」
自分を信じてくれていると思っていた妻が予想外に、突如として取り乱したことに戸惑いながら、清水は恵の両肩を掴んでゆっくりとした口調で彼女にいった。「落ち着いて。そんなことはしていないから。恵と会ってから恵以外の人間の涙は一度も口にしたことがない」
恵は少し落ち着いて「本当に」と清水を見つめた。
「ああ、嘘はつかない」
清水が微笑んでみせると、恵はまだ泣きながらも少し前の自分を恥じてはにかんだ。その恵の表情にいつも以上の愛しさを感じて清水が舐めた恵の涙は最高の味だった。