終焉への恋愛
電車はプラットホームに滑りこんだ
麗子はいつもになくざわつく気持ちを持て余しながらホームに降りる
もう1回、逢おうと決めて1ヶ月
決めてからも、迷いながら、だがどうしたいのか決めかねて
約束は果たさなくては、と改札へ急ぐ
あ 来たか と言う風情で晃はこちらに向かって右手を少し上げる
「ありがとう、迎えなんて良かったのに・・・」
嬉しい気持ちを逆の言葉で晃の目を見る
「なんで? 僕は逢いたかった」
腕をそっと組む・・・
その言葉に安堵して・・・私も逢いたかったんだ
と湧きあがる嬉しさを、どう隠そうか と慌てる自分を持て余す
「お腹すいてないか?」
尋ねる晃の、タイミングの合う言葉に
変って居ない、この人はいつも時に相応しい、心遣いをしてくれる
もう止そう と決めて3ヶ月
止める理由が何だったのか
結論を急いでしまう自己本位な自分に呆れてしまう
60歳を過ぎて、出逢って、晃の優しさに強く惹かれた
何を話しても決して否定しない
うんうん と聞きながら、そう言えば と晃の経験を語ってくれる
「忙しかったの?」と晃に尋ねられる
「う~ん もう貴方に逢うのを止そう って思ってしまったのよ」
「なんで?」
「だって、もう私65才過ぎちゃった」
「僕は君より上じゃないか、どうしてそうなるんだい?」
「判らない・・・もう女じゃないようなイメージが有って」
「ばかだなぁ 何にも変らない、僕は君を抱きたい・・・今直ぐにでも」
麗子にとって最後の恋・・・
そんな風に決めてかかって
まだ皺や衰えを間近に強く感じてしまう前に、終わろう
そんな無意味な理由をつけていた
電話が有っても出ないで居た
3回に1回、応答する
「忙しくて時間が無いの」 と誘いが有っても断っていた
だが、晃の思いやりの有る振る舞いを、忘れる事などできないでいた
すっぽりと膝の間に抱きかかえられる安堵は麗子を幼い女の子にしてしまう
二人の会話は晃の両親の思い出話しだったり、
悪友とのイタズラの数々だったり
麗子の幼い頃の思い出話だったりした
そんな時を刻んで過ぎていった
晃も麗子も再婚、と言う意識は一欠片もなく
逢う事が嬉しく、睦み合う事が嬉しく、
食事をしても分け合って食べる事が、嬉しくて幸せだった
3ヶ月ほど前、ふと老い・・・
を意識してしまう出来事に麗子は蒼ざめた
鏡に映った胸、腹、たるんでいる
あのピンと張った皮膚感をいつまで持っていたのだろうか
あぁ~イヤだ
哀しい思いが湧き上がる
晃さんに見せたくない・・・おばあちゃんになってしまった
「綺麗だよ、ペディキュアも可愛い」
そう言ってくれた・・・でも、それはお世辞だわ と
鏡に映った姿を凝視した時、悟ったような気がしたのだ
もっともっと年老いていく
そんな体になっていくのに・・・いつまでも続けられない
もう逢わないことにしよう と言う結論を麗子にさせた
けれど思慕の念は消えなかった
「君に逢って話したい事が有る、来てくれないか」
と掛かった電話に応じた日、今
「お話ってなあに?」
「食事しながら話すよ、何食べようか、麗子決めて」
「う~ん 何でも良い」
「あ ここはどう?」
「うん」
和の作りが落ち着いた石畳の通路の先に麻の暖簾がかかっている
「ねぇ かき揚げの冷たいおうどんですって、これが良いな」
「じゃあ、そうしよう、麗子は天ぷら好きだなぁ」
「貴方と同じ嗜好だもん」
「そだったな」
他合いの無い会話が懐かしく嬉しい
私は彼と、終わりたくない
そんな思いが強く麗子の心を占める
「なぁ 麗子 こっちで一緒に住もう」
「ん?」
咄嗟の晃の言葉に、麗子は目を大きくした
「それって、結婚する って事?」
「そうだ いやなのかい」
「だって、もう年齢が・・・」
「だから一緒に・・・」
嬉しい涙が湧く麗子の頭に手を置いて、晃は
「ねっ そうしよう・・・逢えない間に考えた
電話をして麗子がそれでも来ないなら諦めよう、そう思ったんだよ」
「来てくれた、って事は僕に逢いにきてくれたんでしょ」
「うん 自信なんて元々無いけれど、もっと自信無くなってた」
「そうだったのか 同じだよ・・・
君も僕も老いを否定しちゃいけないんじゃないかな?」
「先が短い事を自覚して、楽しく暮らしていけたら、後はおまけ・・・
どちらかが残る
でも傍に居たい、居て欲しい」
麗子も晃も、婚姻に固執してきたわけでは無い
終焉は必ずくる
それまでを、互いに微笑合いながら、
暮らす事の意味を漠然と感じている
認知症になる可能性、健康を害する可能性も否定できないけれど
互いに気高く覚悟を決めて悔いない人生を二人でいく事を選択した
さぁ 晃さんの良いとこをもっと捜そう
大好きな気持ちをいつも伝えよう
そして手を繋いで散歩しよう・・・。
了