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橘 四平

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相川高等学校(あいかわこうとうがっこう)。
校舎は5、6年前に建て替えられたばかりで、比較的新しく、学校自体は明治時代から続く歴史の長い学校である。森と隣接するように建てられており、『環境』の良い学校として売り出していて、実際、喘息持ちの生徒が何人も入学してきていた。
8月10日。
その日は、クラス別に『百物語』を行う日で、20年前くらいに生徒からの要望で出来たものらしい。
今では毎年恒例になっていて、一人一つずつ怖い話をした後、学校の中を二人一組のチームで一周回ってくるというものだ。途中、幾つかのポイントに名前入りの札を置いてくることになっていた。
私(宝田亜美〔たからだ・あみ〕)は、全員集まっているかを確認し、先生に報告する係りであった。一クラス15人だけなので、確認作業に時間はかからない。誰が来ていないかは、一目瞭然である。
(また、あの人だ)
心の中でつぶやき、先生に報告する。
「彩音(あやね)さんが、まだ来ていません」
「相賀(そが)か。仕方ない、後5分待って来なければ、始めよう」
相賀彩音(そが・あやね)が時間通り来た例(ためし)がない。朝のホームルームにも遅れてくる、休憩時間を守らない……そう言った点で生活指導の先生に何度も注意を受けていたが、本人に直す気は見られなかった。しかし、授業態度は至って真面目で、成績は良好。部活の陸上でも、大会で優秀な成績を収めていた。
ガラガラッ。
引き戸を開け、五分ぎりぎりで彩音が教室(一組)に入ってくる。
「好きな場所に座れ」
彩音は、遅れたことを謝りもせず、輪になって座っている15(先生も入れて)人の中に加わる。
「これで全員だな。それじゃあ、これからの説明をする。怪談が終わった後、職員室→資料室→理科室→……と言った順で回る。木の札を置いてくるのは、理科室(2階)、音楽室(2階)、図書室(四階)、体育館の四つだ。手元にちゃんと札が四つあるか確認しろよ」
「先生、二組とは鉢合わせしたりしないのですか?」
「桜木(さくらぎ)、お前、昨日の俺の話聞いてなかったのか?二組は、一組よりも先にやって、十五分も前に終わっている。今頃、家に戻っているだろう。ってことで、二組と鉢合わせする確率は皆無だ。他に質問する奴は居るか?」
シーンと静まり返る。
どうやら、質問する人はもう居ないみたいだ。
「浅井(あさい)、湯原(ゆはら)、加藤(かとう)…時計回りで話していく。話終わったら、ライトを消せ。いいな?」
蝋燭だと危ないということで、数年前からペンライトが蝋燭の代用品として使われるようになった。その方が学校を巡回する時も便利であるからだ。
「よし、次は相賀の番だな」
一つずつ、ライトが消され、暗くなっていく中、先生だけが妙に明るい声で司会を務める。
「……江戸時代半ば、この場所には橘家の屋敷がありました。しかし、ある男が生まれたことにより、全ては悲劇へと誘(いざな)われたのです」
相賀彩音が静かに語り始める。
「その男の名を、橘四平(たちばな・しへい)と言い、四平は、物心ついた時から、人が死んでいくのを見るのが好きな狂人でありました。そしてとうとう、屋敷に居た者達の手足を縛り、一つの部屋に集め、火を放ち、自らも炎に包まれながらも、その顔から笑みが消えることはなかったといいます。その四平の笑みを見た者は、三日後に病でこの世を去ることとなりました。家の者を大量虐殺したのにも関わらず、死してもなお、心が満たされなかった四平は、次々と人を呪い殺し、殺された者達の霊は、怨念となってこの世をさ迷い続け、やがて、怨みを晴らすべく、四平のもとへと集まりましたが、四平は、その怨念さえも飲み込んでしまったのです。こうして、橘四平は、鬼へと姿を変えていき、やがて、鬼は、更なる快楽を求めて、己の死した場所へと舞い戻ったといいます」
彩音は、一呼吸おいた後、最後に一言だけ、こう言った。
「鬼の居る場所、それが今私たちの居る、この学校なのです」
カチッ。
彩音がライトのスイッチを切る。
その瞬間、ほんの一瞬だけ、目の前の世界が歪んだように見えた。
「……宝田、宝田!」
「はっ、はい?」
先生に何度も呼ばれ、そこでようやく、自分が呼ばれていることに気づく。
「何をボーっとしている。お前は、相賀とペアだぞ」
彩音さんと……?
私に異論の余地はなく、順番はすぐに回ってきた。
最初のペアは、もうゴールである校門に着いているのだろうか。
全員居るのを確認できたら、後は、解散になっていて、後日、皆がちゃんと回ったかどうかを調べるために、木の札を回収することになっていた。
「まずは、職員室……彩音さん?」
彩音の顔を覗き込むと、暗くてよく分からなかったが、なんとなく顔色が悪いように見えた。
「気分でも悪いの?」
「……悲劇は続く。これまでも、これからも」
「悲劇……?って、さっきの話?」
「ここは、呪われている」
「呪われいる……?今まで、何も問題がなかったのに?誰かが自殺したとか、失踪したとかって話、全然聞かないけど……」
「それは、――……」
声が小さすぎて、何と言っていたのか聞き取れなかった。
「え?今、何て……」
彩音が急に立ち止まる。
「職員室」
最初の部屋に到着した。
ガラガラッ。
彩音が引き戸を開け、中に入っていく。
誰もいない、静まり返った、真夜中の職員室とは奇妙なものだ。
見慣れているはずなのに、昼間とは全然違った雰囲気で、夏だというのに、背中には冷たい汗が流れている。緊張を緩める隙がない。
「何か出てきたら、どうしよう……」
そう考えるとつい、足が強ばって、うまく動かせなくなる。
「何かって……何?」
初めて彩音さんの方から話しかけてきた。
「幽霊、とか」
私の言葉に呆れてしまったのかもしれない。
すぐには返事が返ってこなかった。
カタンッ。
カタンッ。
カタンッ。
彩音さんの足音は、何処か妙だ。
上履きを履いているはずなのに、よく響く。
しかし、問いただすほど気にしてはいなかった。
「橘四平の話、まだ話していないことがあるのだけど、聞く?」
足を止め、クルリと彩音が後ろを振り向く。
やはり、顔色が悪いように見える。
「聞かせて。まだ、続きがあったの?」
「続きっていうか、補足……みたいな」
彩音が止めていた足を再び前へ進めた。
「補足っていうのは、橘家について。橘家はね、不思議な能力(チカラ)を持っていたの。そうね、今で言う、霊能力みたいな」
「霊能力?霊が見えたの?」
「そういった能力(チカラ)があったみたい。四平は、狂人である一方で、呪術師であった。他の能力(チカラ)のある人達は、霊媒師という仕事をしていたみたいだけど、四平だけは、霊と全く関係ない呪術という道を選んだ。どうしてだと思う?」
私は、答えが分からず黙りこむ。
「人に呪詛をかけ、呪い殺すため」
なんとなく予想はしていた。
でも、本当に呪いなどという曖昧なものが、この世に存在するのだろうか。
「呪いはある」
まるで、私の思考を読まれた気分だ。
作品名:橘 四平 作家名:扇屋