ぼくとフーボの日々
日曜日、ぼくはお父さんに頼んで、夏にいった海につれていってもらうことにした。ケイコちゃんも一緒にいくという。
「まさと、そんなに熱があるのにだいじょうぶなのか?」
お父さんは心配そうだ。
「たぶん、お姉ちゃんのいうとおり、フーボを海に返せば下がると思うんだ」
久しぶりの一家そろってドライブだ。ケイコちゃんもいっしょなのがよけいうれしい。これで熱がなければ最高なんだけどね。
二時間かかって海についた。夏にはにぎわっていた海もひっそりとしている。ぼくは砂浜のはずれの岩場にいった。
「たしか、この辺だった」
ぼくは岩のすきまから海に入っていき、ひざががつかる位置まで進んだ。
「ああ、気持ちいいなあ」
フーボが目を覚ました。
「どうだい? フーボ。ふるさとの海だよ」
「まさとくん。つれてきてくれたのですか?」
「うん。お父さんの車でね。お姉ちゃんがフーボは海に返るのが一番いいだろうからって」
「ありがとうございます」
「お母さんもケイコちゃんもきてるよ」
「え? 本当ですか? うれしいです」
フーボはひとりずつにあいさつした。
「もう、お別れです。みなさん手をつないでください」
ぼくはケイコちゃんと、ケイコちゃんはお姉ちゃんの手を取り、お姉ちゃんはお母さんと、お母さんはお父さんの手をとった。
すると、頭の中に海の景色がうかんできた。
「わあ、きれいだ」
「ほんと。きれいだわ」
海草が波にゆれて、色とりどりの魚が泳いでいる。
「フーボからの贈り物ね」
波の音を聞きながら、ぼくたちはしばらくの間、海のパノラマをみていた。
そのうち、すうっとひざから何かがぬけていったような気がしたかと思うと、パノラマも消えていった。
ぼくは海からあがってひざをみた。今まであったオデキのようなフジツボは、かげも形もなくなっていた。
「さよなら、フーボ」
ぼくは大きな声で海にむかって叫んだ。涙がでて仕方がなかった。