スケッチブックをもう一度
高校三年生、三月六日。俺の志望校、春秋大学の合格発表の日。掲示板に、俺の番号は貼られていなかった。その事自体も辛かったが、何より共に暮らしている唯一の家族である母に伝えるのはもっと悲痛だった。アパートに帰ってきた頃は昼食時だったけれど、母はいなかった。幼いとき父と別れて以来、母は俺を養うために毎日安いパートだけど仕事をいれている。こんなに苦労している母の為に、大学全入の時代、大学に入った方がまだ就職しやすいだろうと思って、勉強してきた。今日はそれが砕けた日だ。俺は昼食も作らず居間のテーブルの椅子でぼんやりと母が帰ってくるのを待っていた。夕食時の七時頃には、冷蔵庫にある合い挽き肉を使って、ハンバーグを作った。一人分だけ。自分の分は端から作る気になれなかった。
夕食を丁度作り終えた頃に、母は帰ってきた。母の椅子の側に出したデミグラスソースのハンバーグを見て、母は言った。
「望、あんた自分の分は」
「・・・」
俺は何も語る気になれなかった。
「・・・入試、どうだったの」
「・・・落ちた、落ちたよ」
なんで二度言ったのか分からない。ただ何となく、そう、今改めて合否判定を突きつけられた、そんな気分だった。それから母は、鞄を置いて、安いベージュのダッフルコートを椅子にかけると、座ってただ俺を見つめていた。
「落ち込んでる暇、無いのよ。座りなさい」
母はハンバーグを机の脇の方に避けた。
「何がしたい?」
「・・・早いとこ仕事見つけて、この家出て行かなきゃ――――」
俺が言いかけたところで、母は首を振って、違うと言った。
「お前はいつもそうだね。でも、わたしはやりたいことはないのかって聞いたの」
「・・・分からない」
「考えなさい」
そう言い切られると、俺は何も言えない。何も言えないだけの、気迫があった。
「家にニートを置いておくわけにはいかないよ、そりゃ。だからバイトとかはしてもらう。だけど、望。お前は何時だって、自分のこと空っぽで、楽しい?」
母は俺の事を、全部お見通しな気がした。でも、じゃあ自分がやりたいことって、何だろうか。俺は人生最初の、お前って何という質問に、答えられないでいた。
「それからね、望」
次は何を言われるだろう、どんな本質を突かれるのだろう。俺は答えないで黙っていた。
「晩ご飯ぐらい、食べなさい。私は私で自分の分作るから」
そういって、母は席を立ってエプロンを取った。僕は、脇に避けられていた、既に冷めていたハンバーグを、そのまま箸で口にした。空腹の胃の中に冷めたハンバーグが入っていくのを感じて、俺は自分には何が投げ込まれるべきなのだろうと思っていた。
自室に入り電気をつけると、濃茶色の机の上には、スケッチブックがあった。昨日まで、行ける範囲で好きな所に行って、写してたっけ。これは確かに、俺が好きなことかもしれない、でも、このスケッチブックに何の価値がある?
何をやるかは自分で決めろ、と言われて思いつくものなんて無かった。真っ新な紙に何も描けずにいる自分が、悔しかった。割と良い大学に受かってまともな企業に就職して楽させてやれれば、と思っていたけれど、まともな企業というのも全く想像なんてしていなかった。全部世間知らずのガキが描いた、夢物語とも、言えるんだろう。その夢物語も、自分の為じゃなくて。
夕食を丁度作り終えた頃に、母は帰ってきた。母の椅子の側に出したデミグラスソースのハンバーグを見て、母は言った。
「望、あんた自分の分は」
「・・・」
俺は何も語る気になれなかった。
「・・・入試、どうだったの」
「・・・落ちた、落ちたよ」
なんで二度言ったのか分からない。ただ何となく、そう、今改めて合否判定を突きつけられた、そんな気分だった。それから母は、鞄を置いて、安いベージュのダッフルコートを椅子にかけると、座ってただ俺を見つめていた。
「落ち込んでる暇、無いのよ。座りなさい」
母はハンバーグを机の脇の方に避けた。
「何がしたい?」
「・・・早いとこ仕事見つけて、この家出て行かなきゃ――――」
俺が言いかけたところで、母は首を振って、違うと言った。
「お前はいつもそうだね。でも、わたしはやりたいことはないのかって聞いたの」
「・・・分からない」
「考えなさい」
そう言い切られると、俺は何も言えない。何も言えないだけの、気迫があった。
「家にニートを置いておくわけにはいかないよ、そりゃ。だからバイトとかはしてもらう。だけど、望。お前は何時だって、自分のこと空っぽで、楽しい?」
母は俺の事を、全部お見通しな気がした。でも、じゃあ自分がやりたいことって、何だろうか。俺は人生最初の、お前って何という質問に、答えられないでいた。
「それからね、望」
次は何を言われるだろう、どんな本質を突かれるのだろう。俺は答えないで黙っていた。
「晩ご飯ぐらい、食べなさい。私は私で自分の分作るから」
そういって、母は席を立ってエプロンを取った。僕は、脇に避けられていた、既に冷めていたハンバーグを、そのまま箸で口にした。空腹の胃の中に冷めたハンバーグが入っていくのを感じて、俺は自分には何が投げ込まれるべきなのだろうと思っていた。
自室に入り電気をつけると、濃茶色の机の上には、スケッチブックがあった。昨日まで、行ける範囲で好きな所に行って、写してたっけ。これは確かに、俺が好きなことかもしれない、でも、このスケッチブックに何の価値がある?
何をやるかは自分で決めろ、と言われて思いつくものなんて無かった。真っ新な紙に何も描けずにいる自分が、悔しかった。割と良い大学に受かってまともな企業に就職して楽させてやれれば、と思っていたけれど、まともな企業というのも全く想像なんてしていなかった。全部世間知らずのガキが描いた、夢物語とも、言えるんだろう。その夢物語も、自分の為じゃなくて。
作品名:スケッチブックをもう一度 作家名:夢見 多人