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虐待されて育った女の素描

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「自分知った中で、一番悲しい話は、同級生の先輩の話。彼は幼い頃から、苦労してきたの。母親は若い男と駆け落ちし、苦しい家計を助けるためにバイトしながら高校出て、そして、一生懸命働いて、好きな人ができたの。彼女はフィリピン女性だったけど、これで幸せになれると思って、結婚したら、貯金を全部持ち出して消えてしまったと言うの」
話の真意を理解しないまま、直ぐに「そいつは間抜けなやつだ」と言ったら、彼女は不機嫌な顔をした。
「可哀そうだと思わないの!」
愛するほどに信じている者を裏切られた悲しみ。それは胸をも引き裂く。彼女もそういえば、何度も友人に裏切られたと言う。思えば、彼女もまた信じる者、愛する者を探し続けたけれど出会わなかった。
「やっと幸せになれるというときに裏切られたのよ」
ほんの一瞬、彼女の顔に深い悲しみの色が浮かんで消えた。

 彼女に一人の女友達がいた。友人は男関係が激しくて誰とも寝た。妊娠した。本当は誰の子か分からないのに、一番好きだった男に「あんたの子供だよ」と告げた。それを知った彼女はその男に「誰の子供だか分からないわよ」と教えた。男は友人と別れた。それがきっかけとなって友人から絶交だと言われた。彼女はどんな友達でも嘘は許せないと言った。
それを聞いたとき、「君は男のような性格だ」と言った。
「私もそう思う」と彼女も素直に認めた。
「よく言うでしょ、女の子って仲良しになると、毎日でも電話したりするでしょ。私にはそういう感覚がないの。変かしら?」

 ある日、どろぼうが入り下着を盗んだ。箪笥の中にしまってあったものまで盗まれた。つまり、身に着けているもの以外全てを盗まれたのである。
「全く嫌になるわ、こっちは金がなくて困っているのに。どうせ盗むなら、もっとお金持ちの人から盗めばいいのに」と電話で嘆いた。
 彼女には、普通の人の金銭感覚はない。金は全て身につけるものに注ぎ込む。コートも下着も決して安いものは買わない。全てが高い。理由は、高いものを身につけていると、自分の価値が高いように思えるから。
「私は決して、金は借りない。クレジットカードも作らない。作ったら、欲しいものをどんどん買ってしまって破産してしまうから」
「でも、今は本当にお金がないから、日曜日もバイトをすることにしたの。本当に金がないんだから」と言ってタバコを買う小銭をせびる。そんなときに見せる顔は少女のようにはにかんだ笑顔をする。

「今の社会は何だかんだと言っても所詮、学歴社会でしょ? 学歴もない。お金持ちでもない人間がどんなに汗水流しても一緒よ。だからと言って、悪いことをしてまでお金が欲しいとは思わないけど、でも、あぶく銭だろうと欲しい」
「地道に働くことがいいんだよ」
「地道に働いて何があるの?」
「こつこつと働けば、少しはお金が貯まる」
「どのくらい?」
「十年働けば、少しは貯まるよ」と言ったら、
 彼女は失意に満ちた顔をした。そして幾分かの軽蔑の含んだ色を隠さなかった。そして、突然、彼女は怒り出した。
「女は男と違うの! 十年も待てないのよ。十年経ったら、おばあちゃんになる。その頃にお金が手に入っても使い道がないわ。ばあさんになって着飾ってどうするの? 仮装行列のピエロよ」
 一度爆発すると、彼女は自分自身を制御できない。それは、彼女自身も知っている。どうにかしようとしたこともあったが、結局のところ怒りに身を任せてしまう。
「でも、夢もないよ。夢を見て何度も届かなかったから。もう夢は見ない」
 彼女の怒る姿を何度か目撃して、彼女を理解することは不可能と判断して離れることにした。出会った時から、決して交わることはないと予感していた。だからといって、なかなか離れることができずにいたが。そんな関係が数年続いた後、突然、彼女は横浜で暮したと言って去った。

 数ヶ月後、わけあって東京で再会することになった。
 そこは繁華街にあるホテルのレストランだった。
 華やかな街の光が眼下に見えた。
 彼女なりに精一杯美しく装ってきたのであろう。彼女は黒いワンピースで現れた。
 表情も挨拶も他人行儀でどこかぎこちなかった。都会の中で彼女は幸せなのだろうかと心配になった。幸せかと聞いても、素直にそうだと答えるわけではないが。
「友達はできた?」
「話し相手はたくさんいるけどね」
「親しい友達は?」
「セックスということ? それならいるけど、気になる?」
 彼女もまた不器用な人間だった。近づく者にはふいに突き放そうとする。そして、自分の殻の中に閉じこもってしまう。
「いや。別に、興味はないね」

さらに数年後の春のことである。仕事の帰り、彼女の生まれ故郷を車で走った。夕日も沈みかけていた。薔薇色の海は実に素晴らしかったので車を止めて眺めた。じっとこんな海を見ていたなら、何もかもが許せるような気がした。ただじっと眺めていたら、なぜか「あの海が好きじゃない」と言ったときの彼女の寂しそうな顔がよぎった。同時に今はどんな暮らしをしているのかとも思った。

 シェークスピアの“マクベス”の一節に『人生は歩きまわる影法師、あわれな役者だ、舞台の上で大袈裟に見栄をきっても、出場(でば)が終われば消えてしまう』のがある。誰もがそうなのだ。あの虐待されて育った女も。