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虐待されて育った女の素描

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『虐待されて育った女の素描』
 
シェークスピアはいった。『人生は一つの舞台だ。舞台には善人もいれば悪人もいる。誠実な人もいれば、裏切り者もいる』と。
 虐待されて育った女がいた。細い華奢な身体をしていた。子供のような澄んだ瞳をしていた。その圧倒的な美しい顔立ちは、花にたとえるなら美しいユリのようであった。一時、自分と同じ舞台に立ち、何かを演じた。何かを。それが何だかはよく分からないが、ともかくも何かを演じ、そしてあっという間に消えた、実に不思議な女である。
彼女を言葉で表現するのは実に難しい。出来たとしても、せいぜい素描程度である。なぜなら、彼女は普通ではなかったのである。とても常識では理解できないエキセントリックな一面があった。普段は冷静で穏やかだが、何かきっかけでスイッチが入ると、穏やかな顔を脱ぎ捨てエキセントリックな、つまり常軌を逸した興奮状態となる。その状態になると、あたかも吠える獣のように怒りまくり誰も手がつけられない。彼女と付き合い、しばらく経って、それは自分を防御するためにやっているのだと分かった。おそらく小さいときから虐待を受けたのが原因だろう。とにかく常識的な尺度では考えられない一面があった。そんな女の素描である。――

海辺の街に生まれた。家から海は見える丘の頂上にあった。「冬は海から吹き寄せる風が強いし、それに湿った風は体に変になる」と言っていた。幼い頃より父親の虐待を受けてきた。そのために父親に反発して生きてきた。家出をしたこともあるし、高校も中退した後、根無し草のように全国を転々した。やがてN市にたどり着き、ホステスとして働いた。

出会った頃、彼女はまるでうぶな女のように見えた。しかし、それは単なる仮面でしなかった。すぐに親しくなり、本音をズバズバ言うようになった。言葉に棘があった。冷たい氷で出来たような棘があった。
 母親は夫の暴力にじっと耐えながら、三人の子供を産んだが、愛さなかった。当然、子供たちからも愛されなかった。彼女は、母親を嫌っていたが、憎しみは抱いていなかった。それは敵意を示さなかったからだ。それに反して、父親に対しては強い憎しみ抱いていた。父親のことをあの人と呼んでいた。

「いつも叩かれて、育った。あの人の前に立つと震えが止まらない。想像するのも嫌!」
 憎しみとか敵意が表れると、おそらく自分でも気づかいないうちに口を尖がらせてしまう。そして、感極まると、鳥肌が立ち、顔を曇らせてしまう。まさにそんな状況になりながら、彼女は続けて言った。
「あの人は頭がおかしい。人と話すことが嫌いだし、家に居た時、会話なんてなかった。小さい頃、近くの山に連れられ、木に縛られた。たまたま通った人に助けられたけど、家に帰りたくなかった。でも、その人は家まで連れていったけど」
 驚きの色を示すと、彼女は平然と、
「そんなの普通だよ。冬なんか二階から突き落とされ、雪の中に埋められたこともあるんだから」と笑った。

中学時代の話だ。
会話のない家庭。静かな食卓。ちょっとでも食べながら話をすると父が叱る。すると、彼女は大声で反発する。喧嘩になり、終わった後で、「出ていってくれ」と母は涙ながらに訴えた。
「出て行くよ」と彼女は冷ややかに答えた。
その頃になると母の涙に対し心を揺り動かされることもなくなった。むしろ嫌悪感さえ覚えた。同情を買うような嘘っぽい田舎芝居を演じているように見えたからである。
「止めてよ、泣くのは」
「何のために生んだのか・・・」と母親が愚痴ると、
「生まなければ良かったのに!」
「本当にお前の言うとおりだよ。生まなければ良かった。さあ、さっさと出て行ってくれ」
 彼女が中学を卒業する頃には、両親の関係はどうしょうもないほど壊れていた。父親は不機嫌になると、すぐに母親に八つ当たりをした。母親はじっと耐えた。それが彼女を苛立たせ怒らせた。やがて母親に対して同情が怒りへと変わっていった。
「どうして黙って耐えるの!」と彼女は怒った。
「お前のせいだよ!」と母親は涙声で言い返した。
「どうして別れないのよ!」
「世間体というものがあるじゃないの」
 彼女はあきれ返って「馬鹿じゃないの」と言い放った。

 彼女は本来的には賢かったが、「勉強をしろ!」という父親への反発から、勉強を小学校の頃からしなくなった。そして高校をも中退した。社会人になっても、彼女は勉強という行為そのものに拒絶反応を示した。

 彼女には兄と姉がいた。二人にたいして特別の感情はないと言った。理由は小さい時に口を利いたことがないからだという。兄は一流の私立大学を出ながら、一度も就職したことはなく、風来坊のように全国を転々としている。将来はドイツ語の翻訳家になりたいという夢を抱きながら。
「いいね、風のように自由で」と言ったら、彼女は笑いながら、「どこがいいのよ? その日の食費にも困っているのよ。どこかに勤めながら翻訳家を目指せばいいのに。あんな生活を送っていると、お嫁さんなんか一生来ないわよ」

 高校中退してから、彼女は家に帰っていなかった。
「あんな、家、もう帰ろうとも思わない」と言った。

「どうして水商売の仕事をしているのか」と聞いたら、
「高校は中退だし、手に職があるわけじゃない。自分に自信があるわけでもない。この商売しかできないよ」と答えた。

 ある時、性的な話で盛り上がったとき彼女が「ねえ、どんな体位が好き?」と尋ねた。
ほんの好奇心からであっただろう。が、いまだ、そんな言葉を女から聞いたことがなかったので思わず彼女の顔を見つめた。彼女は恥ずかしそうであったが、その瞳の奥に淫らな炎が揺らめいているのを見逃さなかった。
「君はスケベなんだ」
 すると、彼女は「女は、みんな、そうよ。それに男と同じように体が求めるときがあるのよ」と含んだ笑みを浮かべた。
 グラスを手に視線をそらし、「私はやっぱり正上位が好き。それから乳房がとても感じやすいの?」と付加えた。

 実に変わっているのに、彼女は『普通』というのにこだわっていた。
ある時、「君は普通じゃないよ」と言ったら、
「普通だよ」と烈火のごとく怒った。
 
彼女は甘えるのが下手だった。父親が甘えを許さなかったせいだろう。欲しいものをねだるとき、子供のような目をするが、甘えるような言葉は言わない。
「私はずっと独りでも平気だよ。話し相手がいなかったら、テレビに向かって話すもの。会話なんて、小さいときからなかったから」
「そんな話を聞くと、心から彼女の歩んできた人生に同情するな」
だが、彼女は言う。
「同情なんかしないでよ。そんなの普通のことだから。私は誰も信用しないの。信用して傷つきたくないの。裏切られるのはもう嫌なの。それに酔ったときに“愛している”とか“好きだ”とか言われたくないの」と、突き放したように言った。

 ある時、こんな話をした。