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よもぎ史歌
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明智サトリの邪神事件簿

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明智探偵事務所


 帝都東京はお茶の水。
 風光明媚な神田川沿いにそびえる白亜のお城──「開花アパート」は、広い青空に良く映えていた。
 震災後に建てられ、最新の設備が揃った日本初めての洋風アパートメントで、外国人や上流階級の方が住んでいる。
 アパートなんてわたしたち庶民にとっては、まさに高嶺の花。でもわたしは最近、そんな場違いなところに住まわせてもらっていた。
 小さい部屋が上下に動く、この「エレベーター」という最新の機械も、乗るたびにちょっと怖いけどワクワクする。
 二階で降りると、身なりのいい紳士のおじさんとばったり。慌てて挨拶すると、にこやかにおじさんも返してくれた。
 わたし、ここに不釣り合いな格好してないかな?
 先生から頂いた、星型の銀の髪飾り。シックでお洒落な、黒いセーラー服。腰のベルトに輝くのは、誇り高き我らが茗渓高女の校章。左手に教科書を入れた鞄、右手に寄り道して買った牛肉。
 うん、完璧!
 ……あ、お肉が変かな?
 わたしはそそくさと奥へ進み、「明智探偵事務所」の表札の前に来た。合鍵を取り出し、ドアを開ける。
「明智先生~! ただいま帰りました~!」
 一ヶ月前、明智先生に助けられたわたしは、以後先生の力になりたいと思って、この事務所に住み込みでお手伝いさせてもらっていた。ここからなら学校へも近いしね。
 内装は純洋風で、基本的に椅子式で生活するようにできている、なんともモダンなお家だ。
「ピッポー!」
 客間に入ると、奥から太った鳥──「ピッポちゃん」が元気に飛んできた。
「ピッポちゃんもただいま!」
 わたしが手の平を差し出すと、ストンととまった。よしよし。
 一見鳥みたいだけど、実は鳥じゃなくて、鳥の形になっているだけ。先生はわたしに、この子をいわゆる「使い魔」にする方法を教えてくれた。
 この「ショゴス」という変な生き物は、もともと決まった形を持っていない。それは言い換えれば、どんな形にもなることができるということ。「ピッポちゃん」という名前も、鳥のような形も、わたしが決めて与えたものだ。ぐにょぐにょの黒い塊のままじゃ、いまいち親しみがもてないしね。
 わたしはそのまま進み、奥の書斎に入った。先生の書斎は、窓とドア以外は高い本棚に囲まれている。
 本棚には先生が集めた、様々な資料や図鑑がぎっしり。日本語の本はもちろん、欧米の本、アジアの本、何語で書かれてるのかわからないような怪しい魔術書まで。
「遅いぞ小林君。どこをほっつき歩いてたんだね」
 分厚い本を閉じて、机に座っていた小さい女の子が顔を上げる。
 彼女が明智サトリちゃん──通称「明智先生」だ。
 波のように流れる、白銀の豊かな髪。紳士が着るようなワイシャツとベストは、おそらく特注のものだろう。大人用の机と椅子は、小五くらいの背しかない彼女にとっては大きすぎる気がする。だけど、鋭い目と落ち着いた雰囲気は、彼女が普通の子供ではないことを示していた。
 実際、わたしも先生が何歳なのか、知らないんだけどね。本人は大人だと言い張ってるけど……。
 先生は立ち上がり、ツカツカと歩いてくる。今日はズボンではなく、子供用っぽく丈の短い、赤のスカートをはいていた。わたしの足元まで来ると、顔を上げて睨む。
「探偵というのは、いつ仕事が入るのかもわからないんだぞ。君には助手としての自覚が足りないようだね……」
 ああもう、また怒ってる。わたしの帰りが遅いからすねちゃったのかな?
「そ、そう怒らないでくださいよ~。ほら、今夜は先生にスキヤキ作ってあげようと思って!」
 包みを空け、肉を取り出して見せた。
「ほう……君はそんなものまで作れるのか」
 うんうん、先生も感心なさっているご様子。
 さすがの明智先生も、私生活までは気が回らず、自炊もできないみたい。それに比べて、わたしは幼い頃から家の炊事を手伝ってきた。これだけでも女中代わりとして、先生のお手伝いができるよね。このアパートでは、確か家事も係の人に頼めるらしいけど、先生は無関係の人を部屋に入れるのを避けていたし。
「エヘヘ、わたしが来たからには、先生にはひもじい思いは──」
 そこまで言って、ふと気づいた。
「って、そういえばなんで調理器具がこんなに揃ってるんです? お部屋の設備ですか?」
「……いや……」
 先生は言いよどみ、目を逸らしてしまう。
 そのとき、ドアをコツコツと叩く音がした。
 うーん、先生の昔話が聞けたかもしれないのに。
 先生はわざとらしく咳払いをする。
「来客だ。案内したまえ」
「は、はいっ」
 わたしは着替える間もなかったので、制服のままお客さんを出迎えた。

 今日の依頼人は和装の、美しい婦人だった。まだ二十歳くらいだと思うけど、よほど悩み事があるのか、少しやつれて見える。
 彼女は客間の肘掛け椅子に座っても、不安げに室内を見回していた。
「それで……この度はどのようなお悩みで?」
 テーブルを挟み、向かい合って座っている先生が聞くと、
「え? えっと……あの、明智先生は……?」
 まあ、普通は目の前にいる小さい子が先生とは思わないよね。
「……私です。私がここの所長、明智サトリですよ」
 不快そうに先生が言った。
「え、ええ!? うそ、あなたみたいな子供が!?」
 この事務所に初めて来た人は、必ず同じ反応をするのだ。
 わたしは笑いをこらえながら説明する。
「えっと、大丈夫ですよ。明智先生は魔法使いですから、ちゃんと怪奇事件だって解決できるんです。それに、先生はこう見えても一応大人なんですよ」
「一応は余計だぞ小林君。……まあ、私が信用できないというのなら、警察にでも頼んだらどうですか」
 先生は機嫌を損ねたらしく、そっぽを向いてしまった。
「け、警察はもう行ったんです! でもそれだけじゃ安心できなくて……」
 婦人は慌てて一枚の写真をテーブルに置いた。
「私は里見絹枝(さとみきぬえ)と申します。これは妹の芳枝(よしえ)です」
「え!?」
 わたしは思わず写真と絹枝さんの顔を見比べる。写ってるのは絹枝さん本人みたいだけど?
「あ、私たちは双子なんです」
「わあ、どうりで!」
 写真に写っている芳枝さんは、服装こそは洋装のモダンガールだけど、顔は絹枝さんとそっくりだった。
「芳枝は昨日、有楽町に出かけたきり帰ってこなくて……」
 それを聞いて、わたしはピンときた。
「有楽町ってことは……日劇ですね?」
「いえ……事務員の面接に行ったんです。『稲垣美術店』というところへ……」
 ありゃ、外れた。
「でも……お店に行って主人に聞いても、来ていないって言うんです。警察の方でも捜索を頼んだのですが……もしかしたら行く途中で怪人にさらわれたんじゃないかって話したら、この事務所を紹介していただいたんです」
「か、怪人ですか……」
 この帝都で、怪人の噂を聞かない日はない。何か原因がわからないことがあったら、怪人のしわざかと疑ってしまうのも無理ないかも。
 「明智探偵事務所」は警察では手に負えないような怪奇事件を扱っているので、そういう事件はこちらに回してもらうようになっているのだ。
「ふう……確かに最近、婦人の失踪は何件かあるようですが……」