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アイラブ桐生・第二部 14~16

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 朝食は、社長の自宅です。
まかないつきというのは、奥さんの手料理のことでした。
典型的な日本食の献立です。
びっくりしたのは、本格的なぬか漬けが朝の食卓に出てきたことでした。
専用のぬか床が作られていて、それが日替わりで
3食ごとに出てくるそうです。


 「俺も、こいつにだまされた。」

 ひげの社長が、漬物をつまみあげながらささやきました。

 「初めてこいつのアパートに行ったときのことだ。
 旨い手料理と一緒に、何気なくポンと出されたのがこの漬物だ。
 おふくろみたいな味だった・・・
 男は、胃袋で騙せと良く言うが、まさに俺がその通りだった。
 そのままこいつのところに住みついて、
 気が付いたら、いつのまにか、
 このありさまだ。」


 奥さんの大きくなったおなかを指さして、
ひげの社長が、愉快そうにカラカラと大きな声で笑います。



 「ずいぶんとあなたったら、省略をしたお話ですね
 そのペースでいくと、あと3分くらいで
 還暦のはなしにまでいってしまいそうです。
 騙されないで下さいね。
 本当は、この人が実家から、秘伝のぬか床を分けてもらってきたの。
 頼むから、これで俺に、旨いぬか漬けを食わせてくれと言うもんだから、
 はい、わかりました、
 そのくらいならお安いご用ですと、
 つい私も、その気になってしまいました。
 だからあたしは、いつまでたっても、
 この人と、我が家のぬか味噌の番人なのです。」

 「そんなこともあったかな~」と社長がとぼけています。



 はなしの中身から察すると
進学で上京をした奥さんを追いかけるように、
一目ぼれをしていたひげ社長が、郷里を飛び出してきたようです。
その日のうちから、大学に通っていた奥さんをとにかくしつこく求愛し続けていた
というのが、どうやら話の真相のようです。
同級生の間柄ということですが、チラリっと小耳に挟んだ、
奥さんの実家との不仲話が少し気になりました。


 身寄りのいない東京で、
どうやって子供を産んで育てていくるのだろう・・と、
所帯経験もないくせに、思わず先行きの心配をしてしまいました。



 田舎では奥さんが実家へ里帰りをして、
出産するのが常で、それ自体が習わしのようなところがあります。
子育てに関しても、近所をあげての総がかりです。
実際、私もも8つ離れた妹を背負いながらよく近所で遊びました。
それもまた田舎では、ごく当たり前の風習でした。


 話の様子では、病院で産んで退院をしたあとは、
奥さんが一人で子育てをするようです。
若い夫婦だけで、都会での孤独な子育てが始まる・・
それはそのまま、この時代を象徴する核家族のはじまりでした。



 田舎では2世代や3世代の同居が当たり前です。
長年にわたるこの世帯構成の形が、生きるための知恵を産み、
相互に関わることで、円滑に子供を育て、
日々の暮らしのやり繰りしてきました。
しかし、急激に人口が膨れ上がったこの大都会では、
初体験だらけの新米夫婦が
孤独の中で、手探りの子育てを始めます。


 こうした核家族の急増は、この後に保育園や、
幼稚園を大量に必要とする時代のきっかけをつくりだします。
しかしこの物語は、まだ日本の経済が急成長からバブルへと走り出す
ほんの少し前の時代です。
働く女性たちにとっての、仕事と育児の両立は、
やっと始まったばかりとも言える、
これからの社会問題のひとつでした。