トレーダー・ディアブロ(6)
住民はその中身を見て驚愕した。そのトラックにはゴミではなく、大量のドル紙幣が積まれていたからだ。当然、住民は驚喜し、その紙幣を奪い合った。だが、その紙幣の量が余りに多く、スモーキーバレーの住民で処理出来る範囲を越えていた為、奪い合いはすぐに収まり、住民同士の話し合いが行われた。
その結果、なんとスモーキーバレーに住む子供達の為に、処理場の近くに学校が建てられる事になったのだ。
この日、スモーキーバレーにバラまかれたドル紙幣は、推定で三億ドル、日本円で約二百五十五億円だ。それ程の金があれば、学校どころか、街を運営する事も可能だ。
彼らはその資金を使って、学校とは別にゴミ処理工場を建設した。そのゴミ処理場状を運営する事により、周辺の住民に雇用まで生まれたのだ。
もちろん、これは紙幣の遺棄事件としては過去最高額だったが、これはこの日から世界中で続く連続紙幣遺棄事件の始まりにしか過ぎなかったのである。
この日から二週間後にジャカルタ、ソウェトでも同様の事件が起き、更にその二週間後にハルビン、リオデジャネイロと事件は続く――。この一連の事件の犯人、その目的は全て不明である。
紙幣の遺棄という被害者がいない事件だけに、各国の警察当局も捜査していないのがその理由であるが、私は、犯人は西京で間違いないと思う。理由は分からないが、彼はニューワールドの運用で得た利益を、世界中の貧しい地域にバラまいていたのである。別の言い方をすれば、彼はその為にニューワールドを作ったと言えるだろう。まさに、ニューワールドの名の通り、彼は貧しい人間のいない新しい世界を創りたかったのではないだろうか……。
しかし、彼の行動は貧困層の人間を豊かにする反面、豊かに生活する人間を貧しくする一面も持っていた。
当然ながら、彼がトレードで得た資金は、誰かが市場で失った資金である。投資の市場は常にゼロサムゲームだ。食うか食われるかの世界である。その世界で勝ち続ける西京は、負け続ける誰かを生み出している事になる。しかも、彼が扱っていた金額は莫大だ。その相手は個人に留まらず、企業、そして国レベルになっていた。彼はそういう相手から、常に莫大な金を吸い取っていた事になる。そして、その額はニューワールドの資金が膨らむにつれて増えていき、遂に市場の許容範囲を超えてしまったのである。
彼がニューワールドの運用を始めてから僅か半年後の二〇〇七年七月、市場から奪われ世界中でバラまかれたドルはその信用を無くし、下落を始めたのだ。
前月に百二十四円を記録したドル円相場は、八月には百十四円と、二ヶ月で十円も値を下げた。
そして、これは今なお続く世界的金融危機の始まりであった。
私はこの記事を書きながら、震える手を押さえるのに必死である。なんと、この世界的金融危機の発端は、たった一人の日本人だったのである。
グレリア氏によると、西京はニューワールドの運用開始から半年を過ぎた辺りから、アメリカ当局の人間に何度も接触されたという。アメリカドル相場の下落を生んでいる彼のトレードに対し、注意を呼びかけていたという事らしい。
しかし、西京の行為はただのトレードであり、違法性は全く無い事から、当局も手出しが出来なかった様である。そして、アメリカが手をこまねいている間にも、西京は市場で勝ち続け、その金を世界中の貧困地域にバラまいてしまう。
彼がニューワールドの運用を開始した二〇〇七年二月に百二十円台だったドル円相場は、僅か一年で百円台、二十円も値を下げた。
ドル円相場の下落は、株価の下落を誘発した。更に、市場から資金を直接吸い上げられた金融機関は経営の悪化と株価の下落のダブルパンチを食らい、挙って赤字に転落してしまった。
そして、西京がトレードを開始してから一年半後の二〇〇八年九月十五日、遂に全米第四位の規模を持つ巨大証券会社のリーマン・ブラザーズが倒産したのである。
アメリカは、一人の日本人によって自国の経済が危機に晒されている事実を隠す為に、リーマン・ブラザーズの倒産の理由をサブプライムローンだと発表した。しかし、同社の最終的な負債総額は日本円にして約六十四兆円だが、このうちサブプライムローンによる負債は多く見積もっても十兆円である。確かにサブプライムローン問題はリーマン・ブラザーズに大きなダメージを与えたが、同社の負債総額を考えると、倒産の理由は別にあるのだ。それに、何より世界中に広がっていたサブプライムローン問題が、ドルが日本円に対して下落する理由にはならない。
この時点でアメリカは西京を敵対視するようになった。
そして、リーマン・ブラザーズ破綻から半年後の二〇〇九年三月二十日、遂にアメリカは彼が大量破壊兵器を所持しているという理由から、ロサンゼルス郡保安局の特殊部隊、SWTに出動を要請する。
なぜ彼は殺されたのか?大量破壊兵器はどこにあったのか?
私は取材を進めていくうちに、自分なりの結論に達した。
作品名:トレーダー・ディアブロ(6) 作家名:砂金 回生