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砂金 回生
砂金 回生
novelistID. 35696
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トレーダー・ディアブロ(6)

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八田荘司の記事からの抜粋、其の二

 西京はグレリア氏に、あの日マニラで何があったのかを遂に語らなかった。
 西京が殺害された今となっては、私には知る由もない。
 しかし、西京が休暇を取った半年の足取りは、取材で明らかになった。
 彼は、休暇を取った後、アメリカ、カルフォルニア州ランチョ・パロス・ベルデス市に土地を購入し、建設会社に自分がデザインした家の建設を任せた。そして、自宅が完成するまでの間、彼は世界中を旅して回った。
 興味深いのは、彼が旅したのは世界でも貧困層が多いとされる地域ばかりだという事だ。
 彼の足取りを追うと、インドネシア、ジャカルタのスラムから始まり、南アフリカ共和国のソウェト、中国のハルビン、ブラジルのリオデジャネイロと移動しながら、各地のスラムの住民と交流を図っていた様である。
 私はこの中から、ブラジル、リオデジャネイロのスラム、ファヴェーラに行き、そこに住む男性に話を聞く事が出来た。
 彼の名はグスターボ・ガルシア。現在は近くの繊維工場に勤務する中年である。
 私が彼に西京育也の話を聞きたいと伝えると、彼は喜んで話してくれた。
 彼の話によれば、西京は突然スラムに現れ、住民に何か困った事は無いか聞いて回ったという。
「兎に角、変わった奴だった。突然、俺達の前に現れたかと思うと、俺達と友達になりたいと言うんだ。そして、暫く立ったある日、俺達に何が欲しいか、一人一人聞き込みをしたかと思うと、翌日欲しかった物を一人一人に届けてくれたんだ。だから、あいつがいなくなって、暫くして大量の札束を積んだトラックが道路に金をばらまいて行った時は、皆声を揃えて言ったものさ、あれは、育也の仕業に違いないってね……」
 彼はここではファーストネームの育也と呼ばれていた。
 ガルシアさんは日焼けした顔をタオルで拭きながら、嬉しそうに語ってくれた。
 札束が道路にバラまかれた事件については後述するが、西京が渡り歩いた地域と事件が起きた地域がピッタリと一致する事から、この事件の犯人は西京、若しくは西京の息のかかった者と見て間違いないだろう。
「ここに電気が通る事になったのさ。今までどんなに俺達が叫んでも、市の職員は知らん顔だったが……、俺達が金を払うと言った途端、手の平を返しやがって……。育也が俺達に金を送ってくれたお陰さ。あいつには本当に感謝している」
 西京の話をする時、ガルシア氏は常に笑顔だった。
 私は西京育也がアメリカではディアブロと呼ばれ、テロリストとして殺された事を伝えた。すると、先程まで温和だった彼は、顔を真っ赤にして怒りを露にした。
「テメー、何言ってやがる! 育也がテロリストな訳ねえだろーが!」
 私は彼に謝罪したが彼の怒りは収まらず、それ以上彼の取材は出来なくなってしまった。
 私はファヴェーラの他の住人にも話を伺ったが、反応は概ねガルシア氏のものと同じだった。ファヴェーラの住人は皆、西京を褒め讃え、尊敬し、中には彼を神と崇める人までいた。そして、彼がテロリストとして殺害された事実を伝えると、皆怒りを露にし、彼はテロリストではないと声を荒げた。
 これまでの取材で分かった事は、彼はテロリストとはほど遠い人間だったという事だ。グレリア氏にしてもファヴェーラの住人にしても、彼の事を良く知る人間は皆口を揃えって彼はテロリストではないと言い張った。
 では、なぜ彼は殺されなければならなかったのか?一体彼に何が起こったのか?
 その謎を解く鍵こそが、ファンド、ニューワールドだったのである。
 では、前置きが長くなったが、今回は運用資産、運用収益、口座数、その全てにおいて世界一だったモンスターファンド、ニューワールドについて書きたいと思う。
 ファンドのスタートはこの上なく順調だった。何せ毎月三パーセントの最低運用利益と元本保証である、ニューホライズンの口座は、特に何の問題もなく全てニューワールドに移され、更に元ニューホライズンの顧客から倍の資金が入金された。
 この時点でニューワールドの運用資金は六百億ドル、日本円で約五兆一千億円である。つまり、ニューワールドは運用開始以前に既にモンスターファンドだったのである。
 しかし、ここからが彼らの伝説の始まりだった。
 グレリア氏は持ち前の人脈と行動力を活かし、世界中を飛び回り資金を集めた。彼の営業力もあり、ニューワールドの運用資金は運用開始から三ヶ月で、更に倍に膨れた。
 総額千二百億ドル。日本円にして約十兆二千億円である。最早、彼らのファンドと肩を並べられるファンドは存在しなくなった。
 ニューワールドの特筆すべき点は、ヘッジファンドでありながら大口顧客だけを対象にしている訳ではないという点だ。ファンドの最低入金額は千ドル。約八万五千円だ。つまり、それ以上入金出来る者なら、基本的に誰でもニューワールドの投資家になれたのである。そういう事もあり、ファンド初心者や富裕層の一つ下の中間層の人が挙ってニューワールドの口座を作った。それに西京のトレード技術が加わり、ニューワールドは運用開始から僅か半年で運用資産、運用収益、口座数の全てにおいてナンバーワンの最強のファンドとなったのである。
 ニューワールドは契約通り、毎月最低三パーセントの利息を全投資家に支払い、時にはボーナス金利まで付けていた。
 グレリア氏によれば、彼の会社は配当金と顧客の管理を全て任され、その見返りとして運用資金の二パーセントを毎月受け取っていた。つまりニューワールドは最低でも毎月五パーセントの運用利益を上げなければ即破綻する、運用者に取って極めてハイリスクなファンドだった
 しかも、氏の話によれば、このファンドの運用をしていたのは、信じられない事に西京育也ただ一人である。なんと、彼はこの世界一の運用資金を誇るファンドのリスクをたった一人で抱えてトレードしていたのである。
 一体、このファンドは毎月どれ程の利益を出していたのだろうか?毎月の配当は滞り無く支払われていた事から、最低でも五パーセント以上の利益を出していた事は推測出来るが、これも今となっては分からない。西京は自分一人で運用のリスクを負う代わりに、ファンドの運用内容は誰にも見せなかったからだ。つまり、彼がどれほどの利益を出していて、その資金が何処に行ったのか、誰も知らないという訳だ。
 だが、私はニューワールドの利益がどこに行ったのか、容易に想像出来た。
 その答えが、先程述べた世界各地のスラム街で起こった、大量の札束がバラまかれた事件、通称アメリカドル紙幣遺棄事件である。
 その事件が初めて起こったのが、奇しくも西京がグレリア氏に半年間の休暇を申し出たフィリピンのマニラ市である。
 マニラ市の北部にトンド地区というスラム街があるが、その中にスモーキーバレーと呼ばれるゴミ処理場がある。
 目撃者の証言によれば、事件が起きたのは二〇〇七年の三月二日。西京がニューワールドの運用を始めてから約一ヶ月が経った日の事である。大きなトラックが一台、堂々とゴミ処理場の入り口から入って来て、スモーキーバレーの奥まで進み、付近の住民の見ている前でその中身をぶちまけた。