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砂金 回生
砂金 回生
novelistID. 35696
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トレーダー・ディアブロ(5)

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二〇〇七年 一月 二十四日

 アメリカ、ニュージャージー州、ジャージーシティー。
 ホルヘ・グレリアはニューホライズンの自社ビルの社長室で、西京育也が来るのを今か今かと待っていた。
 半年前のあの日、フィリピンのマニラで、西京は突然グレリアに半年の休職を願い出た。
 驚いた彼は理由を尋ねたが、いくら聞いても西京は教えてくれなかった。
 通常のサラリーマンなら解雇を言い渡されても仕方の無い申し出だったが、グレリアが彼を首に出来る筈も無く、ただ西京のご機嫌を伺うだけだった。
 グレリアは何度か西京を説得しようと試みたが、彼の決意は固く、こちらの意見を聞く耳を持っていなかった。
「大丈夫だ、ホルヘ。半年後には俺は必ず帰って来る……! それに、俺はトレーダーとして、俺を拾ってくれたあんたに感謝しているんだ。あんたの悪い様には絶対にしない! 信じてくれ!」
 西京に面と向かって言われ、グレリアは彼の要望を受けざるを得なかった。
 そして、今日がその約束の半年という訳だ。
 グレリアが窓の外に流れるハドソン川を眺めて半年前の事を思い出していると、社長室を誰かがノックした。
「カムイン」
 グレリアが入室を促すと、秘書のロミーナが入って来る。
「ボス、西京が来ました」
「おお!そうか! 通してくれ……!」
 ロミーナが社長室から出て行くと、入れ替わりで西京が入って来た。
「ホルヘ、久しぶりだな……」
「おお、ディアブロ! 待っていたぞ……!」
 グレリアは彼に近づいて、固い握手を交わした。
 西京の顔は浅黒く日焼けして、多少痩せて見えた。半年前の西京の顔にあった幼さが消え、目が鋭く輝いていた。最早、彼にオドオドとした若造の印象は無かった。
 一体、半年の間に彼に何があったのだろうか――。
 彼は営業マンが持ち歩く様なサムソナイトの鞄を持っていた。
 グレリアは彼をソファーに座らせると、暫く最近の出来事や、ニューホライズンの運用結果等を話していた。しかし、一つ咳をすると、グレリアは前のめりになり本題を始めた。
「で、どうだった半年の休暇は? この半年、何をしていたんだ?」
「ああ。まず世界中を見て回った。俺はこの世界の事を何も知らなかったと思い知らされたよ。そして、旅をしながら、新しいファンドを作る準備をしていた」
「ファンド? 新しいファンドだって?」
「そうだ。ホルヘ、俺はあんたと新しいファンドを作りたいんだ。俺はこの半年、その準備をしていたんだ」
 西京は話ながら鞄を開けた。
 彼の話を聞いたグレリアは、喜びの余り言葉を失ってしまった。
 実は、彼は今日、西京から仕事の引退を宣言されるのではないかと、内心ハラハラしていたのだ。それが、まさか彼から仕事の話を持ちかけてくれるとは思ってもいなかったのだ。
「これが、そのファンドの計画書だ……」
 西京はグレリアにA四サイズの書類を渡した。
 グレリアは嬉しそうに、その計画書に目を通す。
 いきなり半年間の休暇を取ると言い出した時はどうなる事かと思ったが、彼はこの半年、ちゃんと仕事の事を考えてくれていたのだ――。元々トレードにしか興味の無い、面白くない男だったが、やっと真面目に仕事の事を考えてくれる様になったのだ――。そう思って、グレリアはその計画書に目を通していく……。
 しかし、ページを捲るにつれ、彼の顔は引きつり、ページを捲る手が震えた。
 そして、遂に読むのを止めてしまった。
「お前! 正気かこれは?」
 彼は持っていた書類をパンと叩いた。
「何だこのファンドは?最低利益率、毎月三パーセントだと? お前、毎月三パーセントの意味が分かっているのか!」
「ああ、分かっている。年率で三十六パーセントだ。その計画書にも書いてあるだろう?」
 西京は平然という。
「そんなファンドがあるか!」
「ない、だろうな……。だから、俺が作りたいのは、全く新しいファンドなんだ」
 西京は表情一つ変えない。
 最低利益率毎月三パーセントという事は、そのファンドに百万円預けておくと、その三パーセント、つまり毎月三万円の利息が必ず付くという事だ。もちろん、この世界にそんな高利回りを謳っているファンドは存在しない。単純計算しても一年で三十六パーセント、三年で百八パーセントだ。このファンドに資金を三年預けておけば、百万円に対し百八万円の利息がつく事になる。しかも、これが最低の利益率だと言うのだ。
「しかも、このファンド、よりによって元本保証だと! 気が狂っているのか、お前?」
「いや、俺はいたって正常だよ、ホルヘ。そして、このファンドはその元本保証って事が大事なんだ。今までも、年率三十パーセントの利息を瞬間的に出したファンドはいくつもあった。しかし、そういうファンドはどれもハイリスク・ハイリターンなファンドばかりだ。だから投資家は自分の資金を全てファンドに預けたりはしない。マイナスになった場合の保証がないからな。だが、俺のファンドは元本保証、つまり預けた元金は保証されている。だから投資家は全ての資金を俺に預ける事も出来る……!」
「だが、元本保証ってことは、万が一お前が運用に失敗した場合は、俺達が身銭を切って損失の穴埋めをしないといけなくなるんだぞ!」
「それは、もちろんそうだな」
 西京はまた平然と答える。
 彼はこのファンドに対する迷いは全く無かった。
「駄目だ、ディアブロ。いくらお前のトレード能力が優れているからといって、運用者にリスクを負わせる様なファンドを、俺は運営する事は出来ない。これは俺でなくても同じ意見だと思うぞ? お前のそのファンドは、どこに持って行っても、誰も扱ってくれない」
 グレリアは残念そうに首を振った。
 しかし、西京はそのグレリアの反応も予想していたかの様にクスリと笑った。
「そうだな。あんたは正しい。そして、それで良いんだ」
「何?」
「このファンドは俺一人で運用する。あんたには、このファンドの販売と管理だけを任せたい。もちろん、運用で失敗した時のリスクは、運用者である俺が一人で負う。あんたに迷惑はかけないさ」
「馬鹿な! そんな事、出来る訳ないだろうが!」
「いや。出来る! やってもらわなくちゃ困るんだ。こんな事を頼めるのは、あんたしかいない」
「しかし……」
「もちろん、タダとは言わない。あんたには運用資金の最低五パーセントを毎月提供する。そこから、投資家に最低三パーセントを配当として払わないといけないから、実質は毎月最低二パーセントになるがな……。あんたは、毎月ノーリスクでその金を得る。あんたが、販売と管理をしてくれれば、俺はトレードに専念出来る」
「お前、本気なのか?」
「ああ、俺は本気さ。いや、やっと本気になったと言うべきか」
「本気になった……だと?」
「ああ、半年前のあの日からな」
「お前、あの時いったい何が?」
「さあ! どうするホルヘ? これはあんたにとっても、悪い話ではないと思うが?」
 西京はソファーの前のテーブルに両肘を付いた。
 グレリアは考えた。