トレーダー・ディアブロ(3)
八田荘司の記事からの抜粋
ディアブロこと西京育也を手に入れたホルヘ・グレリア氏とそのファンド、ニューホライズンは見事破綻の危機を乗り越えた。いや、それどころか、西京加入後の二ヶ月で半分にまで目減りしていたファンドの運用資金が元に戻り、その後は元金に対しプラスに転じていった。つまり西京は二ヶ月で見事運用資金を倍にしてみせたのだ。
グレリア氏のみならず、ニューホライズンのトレーダーは皆、彼のトレード技術に驚愕したという。
通常、プロのトレーダーの勝率は六割程だ。凄腕のトレーダーになると七割程だと言う。それが彼の場合はまさに百発百中。西京が買えば、その銘柄の値段は上がり、彼が売れば、その銘柄は必ず下がったそうだ。
氏は私に語った。
「流石にリアルマネーでバーチャルと同様にレバレッジ百倍で取引をさせる勇気が俺には無かった。だからレバレッジを十倍ぐらいまで落としてもらって、後はディアブロの好きにトレードさせた。それでも、ファンドを運用する身としては大き過ぎるリスクさ。俺は震えながら彼のトレードを見ていたよ。しかし、あいつがトレードする度に、俺のファンドの資金はどんどん増えていくんだ……。数日経ったら、俺は別の意味で震える様になったよ。こいつは本物だと……!」
私はここで、氏に誰もが抱くであろう、ある質問をぶつけてみた。彼は一体どんなトレード手法を使っていたのですか?と――。
すると、氏は一笑した後に言った。
「俺が四六時中ディアブロの側にいて理解出来なかったものを、素人のあんたが理解出来るのかい?」
もちろん、グレリア氏のみならず、ニューホライズンのトレーダー達は挙ってディアブロのトレード技術を学ぼうと彼に教えを乞うた。しかし、誰一人として彼のトレード手法を理解出来なかったという。
私は、ディアブロの人物像をよりよく知る為だと称して、彼のトレード手法を教えてくれと乞うた。
「ま、俺が言った所で分からんと思うが……」と、前置きをした後、彼はディアブロのトレード手法の触りを教えて頂いた。
氏によれば、彼のトレード手法のメインは黄金比率という事である。
黄金比率という言葉は、トレーダーなら一度は聞いた事がある言葉だ。
黄金比率とは世の中で最も美しい比率と言われ、その数字は一対一・六一八である。長方形は縦と横との関係が黄金比率になる時、安定した美観を与えると言われている。その黄金比率はパルテノン神殿やピラミッドといった歴史的建造物、レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザといった美術品の中に見出す事が出来る。また、自然界にも現れ、植物の葉の並び方や巻貝の中にも見つける事が出来る。
グレリア氏曰く、黄金比率は株価を始め、あらゆる相場の値動きにも現れる。
「例えばだ……」氏は言った。
「相場が成長段階にある時は、値段は真っ直ぐに上がらず、上がったり下がったりを繰り返しながら成長していくのだが……。前回の上げ幅が一だとすると、その上げが一旦収束した後、次に値段が上がる時にその上げ幅は前回の一・六一八倍になる。逆に相場が終焉に向かっている時、つまり、値段が下がっている時はその逆に値段が動く」
氏によると、相場は基本的に上げ相場と下げ相場に大別され、そのどちらの時も値段は上がったり下がったりの波を形成する。
その波が一と一・六一八の対比の連続になるというのだ。
つまり、ある銘柄の前回の上げ幅が一だとすると、それが上げ相場にある場合、今回の上げ幅は前回の一・六一八倍になる筈だから、まだその値段が安いうちに買って、その値段が一・六一八倍まで上がった時に売ればいいと言う訳である。
ディアブロのトレード手法というのはたったそれだけだった。
私はそのシンプルさに驚いた。
ディアブロと呼ばれる程の凄腕のトレーダーは、もっと複雑なロジックを元にトレードしていると思い込んでいたからである。
私はその事を氏に告げた。
すると、彼はジャックダニエルのボトルを一口飲んで「ふん」と鼻で笑った。
「腕の良いトレーダーのトレード手法っていうのは、シンプルなものさ。しかし、シンプルという事は、イコール簡単という事ではない。ディアブロのトレードで難しいのは、その相場が上げ相場なのか下げ相場なのか、そして今回の値動きが一の値動きなのか、既に一・六一八の値動きに入っているのかを見極める事なのさ。ディアブロはそれを百パーセント実行出来た」
私は試しに彼がやっていたバーチャルトレードをやってみた。黄金比率をイメージしながらトレードしたのだが、その結果は散々たるものだった。
株価のチャートを見れば、それが上げ相場だったのか、下げ相場だったのかは分かる。しかし、それがこれから先、上げ相場になるか、下げ相場になるかという未来の話になると、途端に分からなくなるのだ。
一対一・六一八の比率にしても、過去の値動きを見れば、なるほど、驚く程ピッタリと黄金比率になって動いている。しかし、現在が一の値動きなのか、それとも一・一六八の値動きなのかを見極めるのは非常に難しいのである。
ヘッジファンドの暴君と言われたグレリア氏ですら習得する事の出来なかったトレード手法が、素人の私に出来る訳もないが、兎に角ディアブロこと西京育也はこの黄金比率を使ってトレードしていたのである。
グレリア氏は、トレード手法の話と同時に、西京育也がディアブロと呼ばれる様になった経緯も話してくれた。
それによると、グレリア氏は西京のトレード手法を何とか身に付けようと、四六時中彼にくっ付いて生活していたという。そして氏は西京に、何とか彼のトレード手法を身に付ける練習法はないものかと相談した。
すると、西京は自分の部屋に置いてあったピンポン球を掴むと、それを無造作に階段の上に放り投げたという。
当然、そのピンポン球は階段を跳ねて落ちて来る。
その時、彼はグレリア氏に側に置いてあったゴミ箱を渡し、これで落ちて来るピンポン球をキャッチしろと言ったそうだ。
氏は言われた通りに、ゴミ箱を抱えて、落ちて来るピンポン球を見事キャッチした。幼い頃からサッカーをやっていたグレリア氏にとっては、そんなに難しいゲームではなかったという。
しかし、西京は首を横に振った。
「そうじゃない。ゴミ箱を持っていては駄目だ」
そう言って彼は、もう一度ピンポン球を階段に向けて放り投げ、今度はグレリア氏からゴミ箱を取り上げると、暫くピンポン球が落ちて来る様子を見たそうだ。
そして、ゴミ箱を床に置いた。
すると、どうだろう。なんと、見事にピンポン球は床を跳ねて、そのゴミ箱に入ってしまったというのだ。
西京はグレリアの前で、何度か同じ事を繰り返してやって見せたという。何度やっても、西京はゴミ箱の位置を変えるだけで、置いたゴミ箱の中にピンポン球が入るのだ。
彼はピンポン球が階段を跳ねる様子を見て、それが今後どういう軌道を描いて落ちて来るのか完璧に把握していたというのだ。
西京曰くこれも黄金比率の応用らしい。
ディアブロこと西京育也を手に入れたホルヘ・グレリア氏とそのファンド、ニューホライズンは見事破綻の危機を乗り越えた。いや、それどころか、西京加入後の二ヶ月で半分にまで目減りしていたファンドの運用資金が元に戻り、その後は元金に対しプラスに転じていった。つまり西京は二ヶ月で見事運用資金を倍にしてみせたのだ。
グレリア氏のみならず、ニューホライズンのトレーダーは皆、彼のトレード技術に驚愕したという。
通常、プロのトレーダーの勝率は六割程だ。凄腕のトレーダーになると七割程だと言う。それが彼の場合はまさに百発百中。西京が買えば、その銘柄の値段は上がり、彼が売れば、その銘柄は必ず下がったそうだ。
氏は私に語った。
「流石にリアルマネーでバーチャルと同様にレバレッジ百倍で取引をさせる勇気が俺には無かった。だからレバレッジを十倍ぐらいまで落としてもらって、後はディアブロの好きにトレードさせた。それでも、ファンドを運用する身としては大き過ぎるリスクさ。俺は震えながら彼のトレードを見ていたよ。しかし、あいつがトレードする度に、俺のファンドの資金はどんどん増えていくんだ……。数日経ったら、俺は別の意味で震える様になったよ。こいつは本物だと……!」
私はここで、氏に誰もが抱くであろう、ある質問をぶつけてみた。彼は一体どんなトレード手法を使っていたのですか?と――。
すると、氏は一笑した後に言った。
「俺が四六時中ディアブロの側にいて理解出来なかったものを、素人のあんたが理解出来るのかい?」
もちろん、グレリア氏のみならず、ニューホライズンのトレーダー達は挙ってディアブロのトレード技術を学ぼうと彼に教えを乞うた。しかし、誰一人として彼のトレード手法を理解出来なかったという。
私は、ディアブロの人物像をよりよく知る為だと称して、彼のトレード手法を教えてくれと乞うた。
「ま、俺が言った所で分からんと思うが……」と、前置きをした後、彼はディアブロのトレード手法の触りを教えて頂いた。
氏によれば、彼のトレード手法のメインは黄金比率という事である。
黄金比率という言葉は、トレーダーなら一度は聞いた事がある言葉だ。
黄金比率とは世の中で最も美しい比率と言われ、その数字は一対一・六一八である。長方形は縦と横との関係が黄金比率になる時、安定した美観を与えると言われている。その黄金比率はパルテノン神殿やピラミッドといった歴史的建造物、レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザといった美術品の中に見出す事が出来る。また、自然界にも現れ、植物の葉の並び方や巻貝の中にも見つける事が出来る。
グレリア氏曰く、黄金比率は株価を始め、あらゆる相場の値動きにも現れる。
「例えばだ……」氏は言った。
「相場が成長段階にある時は、値段は真っ直ぐに上がらず、上がったり下がったりを繰り返しながら成長していくのだが……。前回の上げ幅が一だとすると、その上げが一旦収束した後、次に値段が上がる時にその上げ幅は前回の一・六一八倍になる。逆に相場が終焉に向かっている時、つまり、値段が下がっている時はその逆に値段が動く」
氏によると、相場は基本的に上げ相場と下げ相場に大別され、そのどちらの時も値段は上がったり下がったりの波を形成する。
その波が一と一・六一八の対比の連続になるというのだ。
つまり、ある銘柄の前回の上げ幅が一だとすると、それが上げ相場にある場合、今回の上げ幅は前回の一・六一八倍になる筈だから、まだその値段が安いうちに買って、その値段が一・六一八倍まで上がった時に売ればいいと言う訳である。
ディアブロのトレード手法というのはたったそれだけだった。
私はそのシンプルさに驚いた。
ディアブロと呼ばれる程の凄腕のトレーダーは、もっと複雑なロジックを元にトレードしていると思い込んでいたからである。
私はその事を氏に告げた。
すると、彼はジャックダニエルのボトルを一口飲んで「ふん」と鼻で笑った。
「腕の良いトレーダーのトレード手法っていうのは、シンプルなものさ。しかし、シンプルという事は、イコール簡単という事ではない。ディアブロのトレードで難しいのは、その相場が上げ相場なのか下げ相場なのか、そして今回の値動きが一の値動きなのか、既に一・六一八の値動きに入っているのかを見極める事なのさ。ディアブロはそれを百パーセント実行出来た」
私は試しに彼がやっていたバーチャルトレードをやってみた。黄金比率をイメージしながらトレードしたのだが、その結果は散々たるものだった。
株価のチャートを見れば、それが上げ相場だったのか、下げ相場だったのかは分かる。しかし、それがこれから先、上げ相場になるか、下げ相場になるかという未来の話になると、途端に分からなくなるのだ。
一対一・六一八の比率にしても、過去の値動きを見れば、なるほど、驚く程ピッタリと黄金比率になって動いている。しかし、現在が一の値動きなのか、それとも一・一六八の値動きなのかを見極めるのは非常に難しいのである。
ヘッジファンドの暴君と言われたグレリア氏ですら習得する事の出来なかったトレード手法が、素人の私に出来る訳もないが、兎に角ディアブロこと西京育也はこの黄金比率を使ってトレードしていたのである。
グレリア氏は、トレード手法の話と同時に、西京育也がディアブロと呼ばれる様になった経緯も話してくれた。
それによると、グレリア氏は西京のトレード手法を何とか身に付けようと、四六時中彼にくっ付いて生活していたという。そして氏は西京に、何とか彼のトレード手法を身に付ける練習法はないものかと相談した。
すると、西京は自分の部屋に置いてあったピンポン球を掴むと、それを無造作に階段の上に放り投げたという。
当然、そのピンポン球は階段を跳ねて落ちて来る。
その時、彼はグレリア氏に側に置いてあったゴミ箱を渡し、これで落ちて来るピンポン球をキャッチしろと言ったそうだ。
氏は言われた通りに、ゴミ箱を抱えて、落ちて来るピンポン球を見事キャッチした。幼い頃からサッカーをやっていたグレリア氏にとっては、そんなに難しいゲームではなかったという。
しかし、西京は首を横に振った。
「そうじゃない。ゴミ箱を持っていては駄目だ」
そう言って彼は、もう一度ピンポン球を階段に向けて放り投げ、今度はグレリア氏からゴミ箱を取り上げると、暫くピンポン球が落ちて来る様子を見たそうだ。
そして、ゴミ箱を床に置いた。
すると、どうだろう。なんと、見事にピンポン球は床を跳ねて、そのゴミ箱に入ってしまったというのだ。
西京はグレリアの前で、何度か同じ事を繰り返してやって見せたという。何度やっても、西京はゴミ箱の位置を変えるだけで、置いたゴミ箱の中にピンポン球が入るのだ。
彼はピンポン球が階段を跳ねる様子を見て、それが今後どういう軌道を描いて落ちて来るのか完璧に把握していたというのだ。
西京曰くこれも黄金比率の応用らしい。
作品名:トレーダー・ディアブロ(3) 作家名:砂金 回生