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漂礫 六、

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「何の真似だ」野武士の首領らしき男が、静かに言った。
「野武士が出たぞっ」
 もう一度、大声で叫ぶ。居眠りをしていた用心棒の一人が、あくびをしながらふらふらと立ち上がりかけると、野武士の群れなかで端にいた男があくびを終えたばかりの用心棒の首にいきなり刀を振り落とした。
 一斉に斬りかかってくる。
 酒壺を蹴り、猪三郎も飛び下がる。上段から斬りかかってきた一人目をかわして、二人目の太刀も抜刀して受け、蹴りで押し返すと首領の男と向かい合った。その周りは槍や刀で囲まれている。
「話が違う」俺は首領に言った。
「なんのことだ」
「大声を出せば、逃げるはずだ」
 後ろから猪三郎が叫んだ。
「違う。武蔵、斬れっ。こいつら本物だ」
 言った猪三郎も、ほかの野武士たちと睨みあっている。寝ていたもう一人の用心棒は起きることもなく槍を突き立てられている。
「最近、浪人どもが用心棒代と称して穏やかに暮らしている町人たちから小銭をだまし取っているらしい」
 首領の男が言うと、野武士たちが笑った。「ここで、たった二人で刃向ったところで勝ち目はないだろう。どうだ、俺たちの仲間にならないか。別に俺たちも乱暴して金を奪い取ろうってわけじゃない。襲われたくなければ、大人しく決められた徴収に従えばいいことを分からすだけだ。今まで、お前たちが用心棒代として強請っていたことと何が違う」
 一度、力を抜いて息を吐いた。酔いと緊張で熱くなっていた頭が少し冷えたように感じた。
 それでも首領から目を離すことはせずに言った。「猪三郎、どうする」「どうするって、何のことだ」
「仲間にしてくれるらしい」
「ああその話か、」
 猪三郎は構えていた槍を下げたようすだった。あまりにも堂々と油断して槍先を下げたので野武士たちも斬りかかろうとはしないらしい。
「俺は落ちぶれちまったからなあ」猪三郎は続ける。「関ヶ原の時は、こんな命でも国のためにと思って戦場を駆け回ったもんだ。ところが今じゃ、なまっちまって酒浸りで、槍を持つ手も重たく感じるんだよ」
 首領をけん制しながらも、後ろの猪三郎を探した。槍を地に付けて、蹴り倒した酒瓶を取り上げている。
「こうして酒を飲まなければ手が震えちまう。もう駄目だな。どれだけ這いつくばって、どれだけ立ち上がろうとしても、もう無駄だ。もう戻れない。誰も侍とは呼んでくれない」
 猪三郎は酒瓶を掲げ、そのまま毛だけの猪のような顔に酒をぶっかけるようにして勢いよく飲んだ。
 そして大声で叫んだ。「うまい。うまい酒だ」
 槍を持ち直す。「最後に、こんな旨い酒が飲めたんだ。俺は幸せものだ」
 野武士たちが緊張した。猪三郎に対して構えを改める。
「もう俺を侍と呼んでくれる奴もいないが、落ちぶれても、首を落とされ意識がなくなるそのときまで、俺は侍の心だけは失わない。武蔵、てめえ、畜生になりたきゃ勝手になりやがれ」
 言葉が終わるのを待つ前に、俺の刀は目の前にいた首領の男の頸へ斬撃を飛ばした。
 猪三郎の話に気を取られていた首領はおそらくその話を最後まで聞けなかっただろう。大きく跳ね上がった首領の首が地面に落ちる前に、俺の刀は左にいた野武士の首を貫き、引き抜いた勢いで後ろの野武士の胴を払った。後ろで猪三郎の気合が聞こえる。打ち合っている。
 首領だった男の体は、首があった場所から血を吹き出し、ゆっくりと後ろへ倒れていく。振り返り、猪三郎へ斬りかかろうとしていた野武士を後ろから突き刺すと同時にその背中に肩をぶつけ、押し倒すようにして刀を引き抜く。刀に脂がのり、引き抜くことに力が必要だった。突いてきた相手をかわすと上段から目一杯の力で肩から胸にかけて刀を振り落とす。
 斬れる感じではない。叩きつけた。刀が肩から胸にまで食い込んだまま野武士が倒れる。
 俺に胴を払われた野武士は自分の腹から溢れ出してくる血と内臓を見て恐慌していた。持っていた槍を放り出し、意味の分からない大声を発しながら懸命に体内へ赤黒い塊を血塗れの手で押し戻そうとしている。足元に落ちているその槍を手にした。腹へ臓物を押し返そうとしている男は自ら噴出した血が足元に溢れ、足を滑らせて血糊で泥と化した地面で溺れた。猪三郎の周りに三人。槍を手に猪三郎の横に回り込もうとしていた野武士の側頭部を後ろから槍の柄で強く殴りつけ吹き飛ばす。
 猪三郎は大きく息をしていた。
 苦しそうだった。
 俺の存在に気づいて振り返った男の体を突いた。
 槍は得意ではない。力の限り突いてしまい、野武士の体を貫いた槍は抜けそうになかった。槍を体内に取り込んだまま、野武士は狂ったように刀を振り回す。血を吐きながら何か叫ぶ。口から吹き出す血があたりに飛び散る。
 大きな叫び声とともに最後の一人が俺に打ち込んできた。槍も刀も手にしていない。上段から振り落とされる刀に対して無心で飛び込んだ。相手の胸に突進して、倒した。野武士が持っていた刀が地面に転がった。左腕で相手の喉元を押さえ、右拳を叩きつけた。何度も叩きつけた。抵抗してくることもない相手の顔を潰し続けた。
 猪三郎は抱きつくようにして俺の腕を止めた。
「もういい、もういい。かった。勝った」
 何度も何度も猪三郎は言った。



作品名:漂礫 六、 作家名:子龍