アイラブ桐生 12~13
香林坊交差点にポツン建てられた祠があり、
その脇に立つ石碑には、香林坊の町の由来が記されています。
そこには町名の由来として、比叡山の僧であった香林坊が還俗して、
この地の町人、向田家の跡取り向田香林坊(むこうだこうりんぼう)
となり、以来、目薬の製造販売に成功をして「香林坊家」として
繁栄をした ...と説明があります。
レイコは古い歴史を持つこの北陸の小京都と呼ばれている
街並みを、精力的に歩きまわります。
「せっかく来たんだもの、本物の、加賀友禅が見たいわね~」などと
日本情緒を口にするわりには、本人のいでたちは、
先ほど渚ドライブインで買い込んだばかりの
原色のアロハシャツです。
さらに、ジーンズの裾はひざの下までたくしあげていました。
黒いサングラスに真っ赤な口紅つけたレイコは、時々
和装品店のウインドを見つけては、熱心に中を覗きこんでいます。
和と洋の、あまりにも不釣り合いな光景ですが、
本人はいっこうに気に留める様子も無く、
平然と、ウインドショッピングを繰り返していきます。
目当ての探し物でもあるのでしょうか、
加賀友禅の大きな着物には、さしての興味もしめさず、
なにか小物ばかりを中心に、探し物をしているような
気配さえありました。
たっぷりと時間を費やして探索をした揚句、
兼六園へたどり着いたのは、すでに午後の3時を過ぎていました。
無言で坂道を登り終えたレイコは、かき氷のスプーンを口にくわえたまま、
木陰のベンチへ、へたりこむようにして座りこんでしまいました。
疲れきったのか、少しうつろな瞳さえしています。
無理も有りません・・・・
うだるような熱気の中で、熱心に歩きまわり過ぎたレイコの全身には、
前日からの寝不足も加えた、深い疲労の蓄積がありました。
「真冬なら、
兼六園名物の、あの雪吊りが見られるのだろうけど、
真夏の今の季節では、それはさすがに無理か・・・
う~ん、でも、さすがに名園ね、綺麗。」
すこしホッとしたのか、青白かったレイコの頬に赤みが戻ってきました。
木蔭のベンチから動こうとしないレイコは、ゆっくりと
兼六園の景色を目線だけで追いかけています。
兼六園は、土地の広さを最大限に活かして、
庭のなかに大きな池を穿ち、さらに築山(つきやま)を築いています。
御亭(おちん)や茶屋などを点在させて、それらに立ち寄りながら
全体が遊覧できるように整備がされている、
北陸を代表する優美な日本庭園です。
いくつもの池とそれらを結ぶ曲水があり、掘りあげた土で山を築き、
多彩な樹木を植栽しているので、「築山・林泉・廻遊式庭園
」とも形容されています。
やがてレイコが、意を決して再び立ちあがりました。
どうしても、一つだけ見つけたいものがあるの・・・
そう呟きながら、レイコが兼六園の坂道をくだりはじめたのは、
もう、午後4時を過ぎてからのことです。
何度か下見済みの、大通りの大きなショーウインドの前で、
再びレイコが立ち止まります。
ウインドには、見事に袖を広げた加賀友禅が陳列をしてありました。
作品名:アイラブ桐生 12~13 作家名:落合順平