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中川 京人
中川 京人
novelistID. 32501
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ももも太郎……結局それがしたかったわけね

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昔々の気の遠くなるほどの大昔。
 いまにいう朝鮮半島の南部のある高台に、帝の大きな別邸があった。
 彼はそこに滞在する間、毎朝のように庭に出ては日本海──当時は金海と呼ばれていた──を眺め、水平線の南東方向に叢雲のように広がる巨大な島に想いを馳せていた。
 黄金の島だと噂をするものもいる。あれこそが蓬莱のお山だとふれ回る阿呆もいる。
 が、しかし。
 ──いやはや金銀珠玉はおろか、あんた。かてて加えて山海の珍味、酒も肴もセルフの飲み放題に食べ放題。半裸の男女数万人が毎夜のごとくかがり火囲んでは妖鬼の饗宴、そらもう酒池肉林とはこのことですわ。
 二か月ぶりに復命した、たったひとりの特派員、隊長の叙鶴は、上気した顔の左右に両手を広げて口角泡を飛ばした。あとの者は、なんというのか亡命のような状態にあるらしい。
 帝をそれを居間で聞いて、怒る前に呆れ、呆れる前に驚き、結局は驚きのあまり、あとの動作を忘れてしまった。
 ほしい、と帝は本気で思った。あの島ほしい。わし酒池肉林したい。ほんとほしい。ほんと酒池肉林したい。あの島……酒池……。
 酒池肉林への想いは日増しに募り、ついに帝は全島完全奪取を目論むに至った。酒池肉林のためなら武力を辞すつもりは毛頭なかった。
 だが待てよ、酒池肉林。
 二十名も送った特派員のうち、戻ったのは隊長の叙鶴のみ。帰国をいやがり、どうしてもというならばと、環刀まで抜いてみせた部下に囲まれ、もろ手をあげて、ほうほうの態で船に逃げ帰り、禁足を命じていた船頭とともに金海をシュラシュシュシュ。ころがるように四百五十七段の石段を駆け上がり、ドタンガラピシャと帝別邸の勝手口を開けて肩で息をしていた愛すべき男。だが特派員ですらそんな有様では、この先くだんの島に八万の大軍を送ったところで、果たしてまともな指揮系統がとれるのだろうか。兵隊めら、現地人を皆殺しにして宝物を奪い取るまえに、てめえらで酒池肉林にハマりやがるのではなかろうか。それはならん。なんとかしなければ。なんとか……。
 まるまる五日間というもの輾転反側した帝は、一計を案じた。
「もっぺん、あの男を呼べ」

 あのときたしかお前……と帝は、おずおずと部屋に入ってきた叙鶴に念を押す。
「妖鬼や、ゆうたが」「あの。わたい、おとつい除隊しましてん」「ゆうたかどうか聞いとんじゃ」「いやあ、ゆうたようなゆわんような」「いやゆうた」「言いましたかな」「言いました。妖鬼ちゅうことは鬼なんやな」「鬼ちゅえば、帝かて鬼」「阿呆。それは人間を表す鬼や」「もう帰しとくんなはれ」「あほう、だれが帰すか。首はねるど」「そらかなん。おなごを待たしてまんね」「せやから鬼やろ」「鬼がどないしましたな」「お前さっきからなに聞いとったんじゃ。妖鬼や妖鬼」「広辞苑には出てまへんが」「せやから、妖鬼ちゅうことは鬼なんやな」「あ……会話がひと巡り」
 あかん。この男では話にならん、さては逐電した部下の方が有能であったか、と帝は思ったが、それではいよいよ困る。
 帝は叙鶴の尻を蹴り上げて部屋から放り出すと内側から鍵をかけ、自ら筆を取った。
 ありていにいえば、かの島をめぐる歴史をでっち上げたのである。
 宸翰に曰く……。
 古来よりかの島は鬼の島と呼ばれている。文字通り、南方海洋より漂着した鬼一族を祖とする蛮族が住み着き、日夜たがわず蛮習蒙昧に堕し酒色に耽溺すること、その頭数数万に及ぶ。もとより鬼は人ではない。その惨虐姦計邪悪なること甚だしく、かの島には、わが古代辰都以前より永代にわたって略奪し尽くした宝物が山のように積まれ、いっぽう、わが邦に残された同胞の屍の数は、わが邦に生を受けた同胞の、じつに半数に達する有様である。朕思うに……。
 すなわち侵略を正当化するための工作をしたのである。
 わが国が奪われた財宝を力で取り戻すのは正当な行為だ。そのさい、相手は鬼なのだから、煮ようが焼こうが気遣いは無用である。殺して殺して殺しまくりなさい。ただし奪い返した財宝は、帝専用のコンテナに納入するように。ネコババした者は打ち首とする。余の者にはのちほど適宜分配するから心配はいらん。それから、酒肴ならびに婦女子であるが、とりあえず拘束だけしておくものとする。あとで何かの役に立つかもしれないから。人権の問題もあるので、手を出すことは相成らぬ。以下略……御名御璽。
 続いて証拠品の偽造である。
 古文書であれ、待ち受け画面であれ、「物」として目の前に存在する以上は何がしかの権威のベールに包まれるわけで、でっち上げた物語を周知するよりも簡単である。
 ほれ、これこのとおり、古い文献にも出ているではないか(といいつつクラフト・エヴィング商会に作らせたでっち上げの古文書を見せる)。
 まあ、それで充分である。
 なによりかにより、民衆が、宝の分与を待ち望んでいた。ああ、そりゃその通り。帝も大臣も博士もああいってるし、古文書が何よりの証拠だしね。鬼だしね。

 かくしてかの島、のちに瑞穂の国と名乗る大八島は、やる気満々の官民協働作業によって、あっという間に侵略されきった。鬼のいなくなった島には、半島から渡ってきた公務員と民間人で埋め尽くされた。第二次入植者は、渡来人と呼ばれたりもした。第三次は煙たがられもした。第四次は侵略者扱いされた。

 帝の酒池肉林はどうなったか。往時に破棄滅失されたらしく、現場からのルポは何も残っていない。まことに残念である。ただあれほど楽しみにしていたわけだから、常住瞑想の余生に転じたとはとても思えないが。
 半島から渡ってきた人びとは、当然ながら、故国と類似した文化文明を構築したが、しだいに島固有の民族性を装うようになった。その理由はただひとつ、半島への隷属関係を断ち切る見通しがついたからである。日本国の誕生である。
 列島への侵略の事実は、「ももも太郎」などという矮小な民話に仮託し、これは大幅な改編の結果、いまに伝わっている。
 もっとも、彼らが列島にもたらしたものは、稗史をさぐれば他にいくらでも出てくる。
 もとより、言葉や、好色や、でっち上げの習慣には限らない。
(了)