「哀の川」 第二十三話 危険な香り
第二十三章 危険な香り
「もしもし・・・先生!純一です。携帯買いました!この番号で登録しておいて下さいね」
「純一君、ありがとう、教えてくれて・・・ねえ、今日の夜は空いている?ご飯でも食べながらお話しない?」
「あ・・・はい、空いていますが・・・」
「じゃあね、近くまで行くから、家渋谷だったわよね?」
「はい、道玄坂です」
「ハチ公前で待ってて・・・6時半に。大丈夫?」
「解りました・・・6時半ですね」
純一は環の受け持ちクラスではなかった。非常勤扱いで就労しているので週に二三度しか来校しない。よそで音楽の指導をアルバイトでやっていたので、ずっとそうしてきた。
この日も学校は夏休みのこともあって、休んでいた。まるでデートを楽しむような気分でおめかしをして、色っぽくミニスカートで胸も強調した格好で待ち合わせ場所に行った。
家を出るときに麻子に、「由佳ちゃんと逢ってくるの?」と聞かれ返事に困ったが、友達、とごまかしてバツが悪そうな気持ちでハチ公前に向かった。誰か知り合いに会わなければいいのに・・・
と願う気持ちで歩いていた。日差しが残るまだ暑い日中の気温を感じさせる日没時刻だったが、家からの距離で汗がにじみ出ていた。ハンカチでぬぐいながら、約束時間の少し前に着いた。
「こんばんわ!純一君!待ってたわよ」環は木陰から出てきた。
「いや〜暑いですね。ここまで歩いてきて汗が出ちゃいました」
「そう見たいね、ごめんなさいね。暑いからタクシーで行きましょう。景色の良いレストラン予約してあるから・・・」
そう言って、タクシーを拾い、新宿へ向かわせた。西新宿の京王プラザホテルの前に車は停まった。二人は車を降り、中へ入って行く。エレベーターで44階にあるレストランへと向かう。
二人だけの空間がなんともいえない気まずさを作り出していた。環はそっと純一の手を握った。されるがままの純一は環の顔を見た。
「純一君が・・・好きになっちゃった。ほんとよ・・・」
「先生・・・ボクには・・・」言いかけて、環は口を挟んだ。
「解っているのよ、あなたのことは。今は言わないで。あなたに彼女がいても、構わないの。そんなの当たり前の事だから。今は二人だけの時間を過ごしたいから・・・ね?お願いよ。
先生は辞めて、環にして」
「チン!」ベルが鳴って、44階に着いた。
窓側の席に案内されて二人は食事をした。薄暮の時間ながら高層から眺める景色は圧巻であった。純一は見とれていた。普段見慣れている東京の街は上から見るとこんなにも絵画的で
芸術的に見えるんだと・・・その事を環に話した。
「そうね、純一君のようにここへ来る人はみんなが感じるのね。そこがここの素晴らしいところ。やがて暗闇に変って綺麗なネオンの夜景が映し出される。エネルギッシュな都会の趣も、
夜にはムードあるロマンチックな都会に見えるのよね」
「環さん、でいいのかな?初めて見る景色に本当に感動です。料理も美味しいし・・・でもお酒飲みすぎていません?もう三杯目ですよ?ワインが・・・」
「そうね、そうかも知れないけど、今夜はいいのよ。楽しいもの。あなたとの時間がとっても幸せに感じるの。飲ませて・・・」
すべての料理を食べ終えた頃には、結構環は酔っていた。勘定を済ませて、エレベーターの前で肩を支える純一にもたれかかりながら何かつぶやいた。聞こえなかったので、聞き直した。
エレベーターの中で、環は純一に介抱して欲しいとせがんだ。自分は今夜ここに泊まる予約を入れてあるから、ロビーまで行って部屋キーを貰って、連れて行って欲しいと言うのだ。
「そんなこと出来ません・・・先生はボクをどうしようと思っているのですか?」強くそう言った。環はうつむいた・・・自分が望んでいることが、とんでもない事なんだと解っていたが、
アルコールの力を借りて願望を叶えようとしたのだ。溢れ出す涙を堪え切れなかった。大きな声を出してその場に崩れるように泣き出した。
純一はこれには困った。自分のせいで泣かせたと周りは見るだろう。また弱さが出た。
「泣かないで下さい!言うとおりにしますから・・・」
「ほんと!純一君・・・ありがとう」
受付でチェックインして、再びエレベーターで部屋まで行った。キーを差し込んで、ドアーが開く。中に入り、ドアーを閉めるとすぐに、環はしがみつきキスをしてきた。
「先生!落ち着いて下さい。荷物を置いて、まずは腰掛けて、水を飲んでください。さあ・・・」
「そうね、あなたは大人ね、私ったら・・・何を焦っているのかしら」
「シャワーを浴びてスッキリして、時間が経てば酔いもなくなりますよ」
「うん、ありがとう。そうするわ・・・」
足元をふらつかせながら浴室に入っていった。純一はテレビをつけて椅子に腰掛けてぼんやりとしていた。バタン!と大きな音が浴室からした。慌てて、扉を開け様子を覗った。
環は足を滑らせたようだ。床に倒れていた。抱きかかえて、大丈夫かと聞いた。少しぶっただけで異常が無かった様子に安心した。
「純一・・・服脱がせて・・・」
「先生・・・それは、自分でして下さい・・・」
「脱がせて!純一!」命令口調になっていた。酔っ払いの特徴のように・・・一人でシャワーは危ないかも知れないと思い、まず自分が脱いでから、環の服を脱がせた。
下着を外しにかかったときに、恥ずかしそうな仕草をした。やはり女性なんだと感じた。生まれたままの姿に二人ともなって、湯船に入り、カーテンを引き、シャワーの栓を開いた。
気持ちよい温度の湯が身体を包んでいる。開き直って純一は環の身体を石鹸を泡立てて洗ってやった。最後に残った部分も丁寧に洗った。感じていたのだろうか、
しっかりと純一につかまってじっとしていた。
シャワーで石鹸を洗い流し、自分も洗って、外に出た。バスタオルできれいに拭いて一緒にベッドまで歩いた。程よい冷房が効いていて心地よい感じがした。横になった環は純一を誘った。
先ほどまでのふらふらはどこに消えたのか、純一を見る目は酔っているその目ではなかった。
お盆が過ぎて、夏休みも残り少なくなった21日が来た。美津夫の運転するエスティマでのりくら高原へと向かった。借りているペンションは小さなところで今日と明日は純一たち親族で貸切になっていた。
裏庭に作られている天然温泉の風呂はここのペンション自慢だ。半透明で白くにごった粒々が混じる硫化水素泉は独特の臭いと、肌をすべすべにする効用がある。
昼を途中のサービスエリアで済ませて、午後3時ごろに到着した。
冬はスキー客、夏は登山客で賑わいを見せる長野県の観光地だ。少し行くと、天下の名勝地上高地があり、スーパー林道を走ると、大菩薩峠の小説で有名になった白骨温泉が
ひっそりとたたずまいを見せている。松本から福井に抜ける国道158号線は景観が良く、ドライブを楽しませてくれる。雪を残している乗鞍岳には山頂の駐車場まで車で行ける(現在は閉鎖)
明日の朝は山頂に上がって雄大なパノラマを見ようと計画していた。
「もしもし・・・先生!純一です。携帯買いました!この番号で登録しておいて下さいね」
「純一君、ありがとう、教えてくれて・・・ねえ、今日の夜は空いている?ご飯でも食べながらお話しない?」
「あ・・・はい、空いていますが・・・」
「じゃあね、近くまで行くから、家渋谷だったわよね?」
「はい、道玄坂です」
「ハチ公前で待ってて・・・6時半に。大丈夫?」
「解りました・・・6時半ですね」
純一は環の受け持ちクラスではなかった。非常勤扱いで就労しているので週に二三度しか来校しない。よそで音楽の指導をアルバイトでやっていたので、ずっとそうしてきた。
この日も学校は夏休みのこともあって、休んでいた。まるでデートを楽しむような気分でおめかしをして、色っぽくミニスカートで胸も強調した格好で待ち合わせ場所に行った。
家を出るときに麻子に、「由佳ちゃんと逢ってくるの?」と聞かれ返事に困ったが、友達、とごまかしてバツが悪そうな気持ちでハチ公前に向かった。誰か知り合いに会わなければいいのに・・・
と願う気持ちで歩いていた。日差しが残るまだ暑い日中の気温を感じさせる日没時刻だったが、家からの距離で汗がにじみ出ていた。ハンカチでぬぐいながら、約束時間の少し前に着いた。
「こんばんわ!純一君!待ってたわよ」環は木陰から出てきた。
「いや〜暑いですね。ここまで歩いてきて汗が出ちゃいました」
「そう見たいね、ごめんなさいね。暑いからタクシーで行きましょう。景色の良いレストラン予約してあるから・・・」
そう言って、タクシーを拾い、新宿へ向かわせた。西新宿の京王プラザホテルの前に車は停まった。二人は車を降り、中へ入って行く。エレベーターで44階にあるレストランへと向かう。
二人だけの空間がなんともいえない気まずさを作り出していた。環はそっと純一の手を握った。されるがままの純一は環の顔を見た。
「純一君が・・・好きになっちゃった。ほんとよ・・・」
「先生・・・ボクには・・・」言いかけて、環は口を挟んだ。
「解っているのよ、あなたのことは。今は言わないで。あなたに彼女がいても、構わないの。そんなの当たり前の事だから。今は二人だけの時間を過ごしたいから・・・ね?お願いよ。
先生は辞めて、環にして」
「チン!」ベルが鳴って、44階に着いた。
窓側の席に案内されて二人は食事をした。薄暮の時間ながら高層から眺める景色は圧巻であった。純一は見とれていた。普段見慣れている東京の街は上から見るとこんなにも絵画的で
芸術的に見えるんだと・・・その事を環に話した。
「そうね、純一君のようにここへ来る人はみんなが感じるのね。そこがここの素晴らしいところ。やがて暗闇に変って綺麗なネオンの夜景が映し出される。エネルギッシュな都会の趣も、
夜にはムードあるロマンチックな都会に見えるのよね」
「環さん、でいいのかな?初めて見る景色に本当に感動です。料理も美味しいし・・・でもお酒飲みすぎていません?もう三杯目ですよ?ワインが・・・」
「そうね、そうかも知れないけど、今夜はいいのよ。楽しいもの。あなたとの時間がとっても幸せに感じるの。飲ませて・・・」
すべての料理を食べ終えた頃には、結構環は酔っていた。勘定を済ませて、エレベーターの前で肩を支える純一にもたれかかりながら何かつぶやいた。聞こえなかったので、聞き直した。
エレベーターの中で、環は純一に介抱して欲しいとせがんだ。自分は今夜ここに泊まる予約を入れてあるから、ロビーまで行って部屋キーを貰って、連れて行って欲しいと言うのだ。
「そんなこと出来ません・・・先生はボクをどうしようと思っているのですか?」強くそう言った。環はうつむいた・・・自分が望んでいることが、とんでもない事なんだと解っていたが、
アルコールの力を借りて願望を叶えようとしたのだ。溢れ出す涙を堪え切れなかった。大きな声を出してその場に崩れるように泣き出した。
純一はこれには困った。自分のせいで泣かせたと周りは見るだろう。また弱さが出た。
「泣かないで下さい!言うとおりにしますから・・・」
「ほんと!純一君・・・ありがとう」
受付でチェックインして、再びエレベーターで部屋まで行った。キーを差し込んで、ドアーが開く。中に入り、ドアーを閉めるとすぐに、環はしがみつきキスをしてきた。
「先生!落ち着いて下さい。荷物を置いて、まずは腰掛けて、水を飲んでください。さあ・・・」
「そうね、あなたは大人ね、私ったら・・・何を焦っているのかしら」
「シャワーを浴びてスッキリして、時間が経てば酔いもなくなりますよ」
「うん、ありがとう。そうするわ・・・」
足元をふらつかせながら浴室に入っていった。純一はテレビをつけて椅子に腰掛けてぼんやりとしていた。バタン!と大きな音が浴室からした。慌てて、扉を開け様子を覗った。
環は足を滑らせたようだ。床に倒れていた。抱きかかえて、大丈夫かと聞いた。少しぶっただけで異常が無かった様子に安心した。
「純一・・・服脱がせて・・・」
「先生・・・それは、自分でして下さい・・・」
「脱がせて!純一!」命令口調になっていた。酔っ払いの特徴のように・・・一人でシャワーは危ないかも知れないと思い、まず自分が脱いでから、環の服を脱がせた。
下着を外しにかかったときに、恥ずかしそうな仕草をした。やはり女性なんだと感じた。生まれたままの姿に二人ともなって、湯船に入り、カーテンを引き、シャワーの栓を開いた。
気持ちよい温度の湯が身体を包んでいる。開き直って純一は環の身体を石鹸を泡立てて洗ってやった。最後に残った部分も丁寧に洗った。感じていたのだろうか、
しっかりと純一につかまってじっとしていた。
シャワーで石鹸を洗い流し、自分も洗って、外に出た。バスタオルできれいに拭いて一緒にベッドまで歩いた。程よい冷房が効いていて心地よい感じがした。横になった環は純一を誘った。
先ほどまでのふらふらはどこに消えたのか、純一を見る目は酔っているその目ではなかった。
お盆が過ぎて、夏休みも残り少なくなった21日が来た。美津夫の運転するエスティマでのりくら高原へと向かった。借りているペンションは小さなところで今日と明日は純一たち親族で貸切になっていた。
裏庭に作られている天然温泉の風呂はここのペンション自慢だ。半透明で白くにごった粒々が混じる硫化水素泉は独特の臭いと、肌をすべすべにする効用がある。
昼を途中のサービスエリアで済ませて、午後3時ごろに到着した。
冬はスキー客、夏は登山客で賑わいを見せる長野県の観光地だ。少し行くと、天下の名勝地上高地があり、スーパー林道を走ると、大菩薩峠の小説で有名になった白骨温泉が
ひっそりとたたずまいを見せている。松本から福井に抜ける国道158号線は景観が良く、ドライブを楽しませてくれる。雪を残している乗鞍岳には山頂の駐車場まで車で行ける(現在は閉鎖)
明日の朝は山頂に上がって雄大なパノラマを見ようと計画していた。
作品名:「哀の川」 第二十三話 危険な香り 作家名:てっしゅう