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有刺鉄線

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vol.6 関係


藤崎には時折思い出してしまう男がいた。男、というには若すぎるのかもしれない。子どもと言って差し支えない年齢だった。少年を好む性質ではない、つもりだった。男性に性愛を求める藤崎があその少年を抱けないでいるのは彼が年少過ぎるのか、それとも別の不可解な理由があるのか、藤崎本人も計りかねていた。
少年の名前は吉田圭佑といった。サッカー部に属し将来を有望視されているという高校生だ。最後に会ってから暫く経つ。二年生になっているはずだ、と藤崎は思う。数ヶ月前、華奢だった身体も大きくなっているのだろう。他所の子どもが育つのは早い、と言うからな、と藤崎は口の端を上げる。それよりもあの頃のように自暴自棄になっていなければいい。可愛らしい幼さを残していながら命を粗末にするような向こう見ずな奴だった。澄んだ目をしているくせにその奥には悲しみが潜んでいた。まだ細い肩や服がだぶついて見えるような薄い腰にも少年の痛々しさを感じさせた。もう一度顔を見たい、と思いながら、もう二度と会えない方がいいのだと藤崎は己に言い聞かせた。自分はあの子が望む世界には棲んでいないのだからと。
だが、そんな思いは藤崎の生活のほんの僅かな隙間に浮かんでいるに過ぎない。束の間に感じた圭佑の呼吸、滑らかな皮膚、若い男の体臭そしてどこか放っておけないあどけない表情が藤崎の頭に甦り、そしてまた荒々しい日常に戻っていくのだ。



藤崎には馴染みになっている女がいた。小さなお好み焼き屋を一人で切り盛りしている女だった。年は藤崎とそう変わらない。もしかしたら年上なのかもしれない。地味で目立たない容姿で愛想がいいわけでもなかったが藤崎はその店に行ってはお好み焼きを食べビールを飲みながら世間話をするのを楽しみにしていた。店の奥は住まいになっており、時折子どもの声がした。亭主がいる様子はなかった。

ある晩、店には藤崎しかいなかった。いつものように狭いカウンターの端でお好み焼きを食べビールを飲んだ。
藤崎は店の奥を見た。「子どもさんがいると思ったが、今日は声がしないね」
「はい。今日は私の実家に泊まりに行ったんですよ。たった一人の孫なので両親も可愛いらしくて」
女は嬉しそうに笑った。笑顔になると思いがけないえくぼができるのを知った。
「もう店を閉める時間だろう。すまんな」
女は肩をすくめた。「藤崎さんならかまいませんよ」
藤崎は頭を掻いた。「もう長くここに来てるが、あんたの名前を聞いてなかった。なんと呼べばいいのかな」
「幸恵です」ぽつりと言った。
「そう。幸恵さんか。良い名前だ」藤崎はビールを飲み干した。「店を閉めないか?」
そして二人は男と女の関係になり、それからも続いている。
身体の関係だけでなく、藤崎がほっとできる場所が幸恵だった。


作品名:有刺鉄線 作家名:がお