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京都七景【第一章】

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 四条烏丸が近づくと、ある、ある、遠くからでも鉾の先や屋根の辺りがそこここに見えている。バスを降りてとがった鉾に近づく。鉾の周りは人だかりができていて、みんな写真を撮っている。四、五十代のおばさんの群れがあちらに走ったりこちらに下がったりして、きゃあきゃあ言いながら写真を撮っている。とても、近づいて行く気にはなれない。それに少し離れたところから全景を見る方が、心が落ち着いてよい。山鉾たちは、忙しく人の往来する中に、ひとり赤の目立つ衣装を着け、西陣織でもあろうか、金糸銀糸の刺繍をした布を幾重にも羽織って背筋をぴんと立てて、すましている。中には傘を被ったものや舟形のものもある。わたしは赤の目立つ色彩の中に小さい水色の帯がいくつもくっきりと映えているところにすがすがしさを感じた。

 こんな賑わいもたまにはいいと思った。それにもまして、小さいながら、はっきりとしたあの水色は、ゆかしい感じがした。

 今日は思いのほか、収穫があった。心にいつになく新鮮な風が吹いたからである。折角新鮮な心持ちになれたのだから、四条通を東大路まで取って返して、突き当りの八坂神社にお礼でもしようかと(祇園祭は八坂神社のお祭りなのです)またバスに乗り、祇園で降りた。祇園に降りて八坂神社を正面に東大路の右手を見る。少し小高くなった通りを市電がガアガアと音を立てて下ってくる。それを見て、突然、たまらない懐かしさがこみ上げて来た。理由はすぐに分かった。あの小高い向こうに東山安井のバス停と電停(市電の停留所のこと)があるのである。バス停は、わたしが友人と道に迷ったときに、場所を教えてくれたあのバス停である。それ以来、変な話だが、そのバス停をわたしは京都で最初のの知人として遇している。そういえばここのところ大分、御無沙汰をしていたな。わたしにはそのバス停がわたしの来るのを首を長くして待っているような気がした。やはり挨拶はしておかなくちゃな。わたしは緩やかな傾斜を通りに沿って登っていった。歩くとけっこうきつい坂である。坂を上りきると、ずっと先のほうに東山安井の停留所がやや傾いた格好でぼんやりと立たずんでいた。

 空が晴れ渡って珍しくすがすがしいとはいえ、梅雨明け前の京の町は、やはり蒸し暑い。少し坂を上ったばかりで額に汗が噴き出してくる。その汗をハンカチで拭き、拭き、わたしはバス停に長の無沙汰を詫びた。わたしが話しかけると、バス停はやや元気を取り戻したように見えた。それから大通りの真ん中にある電停にも無沙汰を詫びた。電停も少しやる気を出したように見えた。バス停にわたしの現役時代の苦くも生ぬるい思い出があるように、電停には浪人時代の厳しくもやさしい思い出がしみこんでいる。

 実は浪人をした翌年、わたしはこの電停から入学試験会場へと向かった。その年はどうしたものか、大学構内では会場が足らず、文学部の受験者のみが、この電停近くの「東山予備校」に会場を移して入学試験を受けることになったのである。前年大学構内で受験したわたしには、それでもかまわないが、今年初めて受けて落ちる受験生を何だか気の毒に思った記憶がある。だってそうでしょう。意気揚々と受験しに来ながら、大学には一歩も入れず、予備校で受験をして、落ちたらここの予備校の生徒にされるのではないかと人知れず恐れた受験生は、おそらくひとりや二人にとどまらないはずである。ところが、これがわたしには幸いした。気負わず受験して、運よく合格することができたのだから。つまりわたしには、この東山安井という電停が、わたしの京都の生活の始まりを、そっと後押ししてくれたような気がするのだ。
 
 わたしはバス停と電停の見える歩道に立って、大学の方角を見た。三年前、わたしの学生生活はここから始まった。今ふたたび、思いがけず東山安井に立つことになった。 またここから何かが始まるのだろうか。・・・いや、始めなければならない、と、わたしは思った。 





作品名:京都七景【第一章】 作家名:折口学