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71.カエデ



「ミミしゃ〜あん! ミミしゃ〜あんあん! 大好きですぅ〜! 本人に会えるなんて、夢見たいですぅ〜!!」

 私は先ほどまでの怒りを忘れて、ミミさんに抱きついた。においをかいだ。ほおずりした。私が憧れていたアイドルに会えるなんて……これ、夢じゃないんだよね!? あぁ、幸せ〜!

「ちょ、ちょっと……私もう、引退していますので、勘弁してください〜! ハルカさん、助けて〜!!」

「良く事情はわかりませんが、とりあえずカエデさん、落ち着いてください。ちゃんと紹介しますから、とりあえず未実さんから離れてください」

 ハルカが私とミミさんの間に割って入り、私達は織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)のように引き離された。この三流アイドルめ! 邪魔すんじゃないわよ! 天の川気取りか! そのまま流されて、アイドル界から消えてしまえ!!

「あんた!! ミミさんと知り合いなの!?」

 私は、ハルカのミミさんに対する態度が先ほどからあまりにフランクで、気にくわなかった。ミミさんはなぁ、お前みたいな三流アイドルが気安く声をかけていいお方じゃないんだよ!! 

 私はそう思いながら、かなり威圧的な態度で言葉を発した。

「未実さんは、私のマネージャーです」

「はぁ!? マネージャー? 意味わからないんだけど。ミミさんはねぇ、スーパーアイドルだったのよ。マネージャーなんかするわけないじゃない!! ねぇ、そうでしょ? ミミさん!」

 私は、ミミさんがハルカのマネージャーなんかするわけがないと、心の底から思った。

「わ、私は、ハルカさんの、マネージャーです……」

 だから、ミミさんのこの言葉は真実ではないと思った。ミミさんのことだから、きっとご謙遜なさっているのだろうと思った。

「…………わかった! ミミさんは、先生なんですね? ミミさんは、あえてマネージャーという立場にその身を置き、この三流アイドルにいろいろ教えてあげているんですね!! さすがミミさんです!! こんな三流アイドルに……」

「ハルカさんは三流アイドルではありません!!」

 突如、未実さんが店内に響くほどの大きな声をあげた。

「え……え…………あえ……」

 私は何が起きたのかわからず、呆然とした。

「ハルカさんは、とてもがんばっています。とても素敵な、一流アイドルです。どこのどなたか存じませんが、あなたにハルカさんを否定する権利はありません!」

 憧れの人からの言葉というのは、どんなに些末なことでも心に響く。そこら辺の小僧に真理の極みを説かれるよりも、憧れの人に言われる普通の言葉の方が身に沁(し)みる。

 だから、ミミさんの次の言葉に、私の心は酷く揺さぶられた。

「アイドルになったことがない人に、アイドルの苦労はわかりません。そして、その苦労を知ろうともしないで、三流だ四流だと言っているあなたに、アイドルを語る資格はありません!」

 ミミさんが言った何の変哲(へんてつ)もない言葉に、私の全てが否定された気がした。

“アイドルを語ることすらできない私は、アイドルになれない”

 そう思うと、苦しくなった。夢をあきらめる恐怖が、体中を襲った。今まで誰になんと言われようと、揺るぐことのなかった『アイドルになる』という夢が、今初めてぐらついた。

「あ、ああ、あああ……」

 だから私は、この場から逃げ出すことしか、できなかった。