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カシューナッツはお好きでしょうか?

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63.ふけさん



 川島君に殴られた日の翌朝、私はカエデさんに呼び出された。本来なら喫茶『パンヌス』に集合するのだが、今はマスターが意識不明で開店していないので、近くのファミリーレストラン『でべそ』を使用した。

「ごめん、ちっと遅れた」

 午前9時ごろ、私よりも数分遅れてファミレス『でべそ』にやってきたカエデさんは、席について直ぐ、「歌詞できた」とそっけない態度で言いながら、一枚の紙切れを渡してきた。
 私はその紙切れに書かれた歌詞を読み、沈黙した。

「…………」

 正直、なんと感想を言えばいいかわからなかった。
 この歌詞は、良いのか? それとも悪いのか? 全くわからなかった。『暗黒豆腐少女』の雰囲気は出ていると思うけど、この歌詞は少しぶっ飛びすぎじゃないか? いや、でもこれくらいぶっ飛んでいるほうが、案外受け入れられるのだろうか?

「……どう? 一生懸命考えて書いたんだけど。ちゃんと『暗黒豆腐』も歌詞の中に入れたし…………ダメかな?」

 カエデさんは非常に自信なさそうな顔で、私に感想を求めてきた。

「うーんと……えっと…………そうだねぇ……」

 私は上下左右に目玉を激しく泳がせた。きっと、この速度で泳げば、水泳自由形の世界記録が出るだろう。そう思えるほどすばやく、私の目はキョロキョロと泳いだ。
 正直、下手なことを言ってカエデさんを傷つけたくなかった。しかし、テキトウなことを言えば直ぐに嘘だと見破られてしまう。あぁ、なんと言えばいいのだろうか。わからない……。
 私がそんなことをごちゃごちゃ考えていると、カエデさんは強い口調で、静かに語り始めた。

「……わかってる。ダメなのは、わかってるんだ。でも、大丈夫。私、足りない分は、歌とダンスでおぎなうから。歌詞で観客を魅了できないなら、歌とダンスで魅了すればいい。ふけさんも、そう思うでしょ?」

 彼女の黒くて強い目に、思わず吸い込まれた。私の目は泳ぐのを止め、漆黒の瞳に向かって、静かに溺れた。
 私が川島くんとくだらないやり取りをしている間に、女に現(うつつ)を抜かしている間に、喫茶『パンヌス』のマスターの首を絞めている間に、カエデさんはアイドルとして成長していたのだ。
 一人の少女の成長を、こんなに間近で感じられたことに、私は純粋に感動した。それと同時に、成長の瞬間にそばにいられなかったことを後悔した。“瞬間”を見逃したこと……すごく残念に思った。

「わかった。この歌詞で行こう」

 やっぱり、私の目に狂いはなかった。彼女は真のアイドルだ。絶対に、彼女をプロデュースしてみせる。

 この日、私は改めてそう思った。