カシューナッツはお好きでしょうか?
59.警察官川島
俺は家で一人、いろいろと考えていた。
今日、俺が殴った後、田中敬一が絶望したような顔で「あわわわわ」と言っている姿を見て思った。
“俺は一人の人間を「あわわわわ」としか言えない様な状況に追い込んでまで、恋がしたいのか?”
答えはNoだった。だから俺は、ハルカちゃんのことをあきらめようと思った。でも、やっぱりあきらめたくないという気持ちもあって、心の葛藤に決着をつけることができずにいた。
「よし、決めた。おれはやっぱり……」
しかし、夜もふけてきた頃、ようやく俺は心の葛藤に決着をつけることができそうになった。
そんなとき、ハルカちゃんからメールの返信が来た。
『川島さん、ありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、明日、ランチご一緒しませんか? 仕事の合間なので、あまり長居はできませんが、どうでしょうか?』
ハルカちゃんからのこのメールは、嬉しくもあり、悲しくもあり、俺はとても複雑な気持ちになった。
今さっき、ハルカちゃんのことをあきらめようと決めたのに。強がるのはやめて、恋に臆病でヘタレな自分のままで生きて行こうと思ったのに。自分のことだけを考えて生きるのをやめて、周りの人のことを一生懸命考えて生きようと決意したのに……。
ハルカちゃんの何気ないメールは、俺が必死に考えて考えて考え抜いた決意を、簡単にゆらしてしまう。まるでジェンガで遊ぶように、グラグラと。その行為に悪意など一切存在しない。でも、それが一番怖くて一番辛い。それが一番、人を傷つけることもある。
そんなことを思いながら、俺は頭を抱えて必死に考えた。
”俺はどうしたらいいのだろうか?”
”ハルカちゃんのことはあきらめると決意した矢先、ハルカちゃんに会ってどうする?”
”ここは会わないべきだろう”
”でも、会いたい”
”利用されるだけでもいい。それでもいいから、会いたい”
”でも、俺のこの望みの果てには、他人の不幸がきっと存在する……”
俺はグラグラとゆれる弱い意志と必死に戦った。どう行動するべきか必死に考えた。自分のこと、ハルカちゃんのことを考えた。さらに、田中敬一のこと、俺の両親のこと、ハルカちゃんの両親のこと、ハルカちゃんのファンのこと、ハルカちゃんのマネージャーのこと、ハルカちゃんの仕事のこと、俺の仕事のこと、世界紛争のこと、世界平和のこと……とにかくいろんなことを考えた。
本当は、恋というものは自分のことだけ考えてするものなのだろう。それなのに俺は、自分のことだけを考えることはできなかった。終いには、世界のことまで考えて恋しようとしていた。こんな俺に、やっぱり恋は無理なのだろうか?
俺はいろいろと悩んだ挙句、メールを返信した。
作品名:カシューナッツはお好きでしょうか? 作家名:タコキ