カシューナッツはお好きでしょうか?
57.ふけさん
「あわわわわ……」
川島殿は、相変わらず「あわわわわ」としか言えない私に歩み寄ってきた。正直怖かったが、今の私には「あわわわわ」と言いながら小刻みに震えることしかできなかった。
「いいか、田中敬一。恋を手に入れるためにはなぁ、“決意”する必要があるんだ」
川島殿は私の目を睨みつけながら、恋のレクチャーの続きを話し始めた。私は「あわわわわ」と言いながらその話に耳を傾けた。
「他の人間を不幸にする決意をなぁ! お前は今、非常に不幸だろう? 俺に殴られるわ、知らない女とデートするはめになるわ、散々だよな? でもな、俺がこの恋を成就させるには、お前を利用する必要があるんだよ。わかるな? お前の不幸の上に、俺の幸せが成り立つんだよ。だから、お前を不幸にしてやる!」
川島殿は非常に理不尽な理由で『私のことを不幸にしてやる宣言』をした。私はあまりの恐ろしさに、さらに小刻みに震えた。
「…………と昨日決意したんだけどなぁ、やっぱり俺には無理だったよ」
急に、川島殿の雰囲気がやわらかくなった。先ほどまでの怒気は消え去り、非常に穏やかな顔をしている。
え!? いったいどういうこと!?
あまりに急激な感情の変化についていけず、私は非常に困惑した。
「田中敬一、殴って悪かったな。やっぱり、他人の不幸の上に俺の幸福はない。今、あらためてわかったよ。お前のおかげだ、ありがとう」
そう言うと、川島殿は深々と頭を下げた。
さっきまで怒っていたのに、私のことを殴ったのに、今度は急に謝りだした……こいつ頭おかしいんじゃないか? 情緒不安定すぎるだろう! と思いながらも、私は相変わらず「あわわわわ」としか言えなかった。
「お前には、ほんとうに悪いことをしたと思っている。もう、お前を束縛するつもりはない。ただ、最後に一つだけ俺の願いを聞いてくれないか?」
川島殿はそう言うと、今度は土下座をし始めた。
おいおい、今度は何だよ!? 勘弁してくれよ〜! 私はそう思いながら「あわわわわ」とうなっていた。
「ハルカちゃんとデートしてやってくれ! 頼む。お前がハルカちゃんのことなんとも思っていないのならそれでもいい。ただ、ハルカちゃんを楽しませてやって欲しい。ハルカちゃんを傷つけないでやって欲しい。これは俺のわがままだ。ハルカちゃんが望むことでもなんでもない、ただの俺のエゴだ。お前にとって何のメリットもないことはわかっている。でも、そこを何とか、頼む! お願いだ! 一日だけでいいから、ハルカちゃんの『社長さんに会いたい』という願いを叶えてやってくれ!!」
川島殿の土下座には、言葉では表せない気迫がこもっていた。私はその気迫に押され、思わず「わ、わかった」と頷いてしまった。
「ほ、ほんとうか!? ありがとう、ありがとう……」
川島殿は、何度も何度も「ありがとう」と言いながら泣いていた。
……ったく、泣きたいのはこっちだっつーの! こっちはお前に殴られてんだぞ! こんちくしょう!!
私はそんな風に心の中で悪態をつきながらも、この川島という男は悪いやつではないと思った。自分のことだけを考えて恋すればいいのに、周りのことまで考えて恋をしようとする、このバカな男のことを、私は嫌いではない。
この日、私と川島くんの間に奇妙な友情が生まれた。
作品名:カシューナッツはお好きでしょうか? 作家名:タコキ